セックスレシピの作り方

恋も、性も、私らしく。「自分をもっと大切にしたい」と思った時に読むブログ。

自分を好きになる方法をなるべく論理的に考えてみた。


自分を好きになる、なんて当たり前のような言葉を、もう一度自分なりに考えてみたのは、私の今改めてのテーマだからだ。



現在:
自分の好きなことに時間と体力を割く
自分らしくいられる場所に身を置く
自分の本音を出し続ける

未来:
自分との約束を守る自分へ投資する

過去:
過去の再定義
今までの軌跡を振り返る
いわゆる過去を癒す
今までの出来事に感謝する



やりようは色々ありけれど、時間軸で分けるならこの三種類ということになる。



思考は前向きに

 

ぶっちゃけ、過去思考は好きじゃない。というのは、現在によって過去がいくらでも定義出来てしまうから、現状に満足行っていないのに後ろを振り返ってもさして意味が無いと思うからだ。

つまるところ、自分を好きになるとか愛するとかいうのは、現在から未来軸の間での結果で殴るしかない。セルフサンドバックプレイということになる。
そして、時間や体力の配分は「現在」にしかない。ならばそれをどう振っていくか。

 

 

 

理想と現状許容

 

「今の自分を受け入れる」


これは大事なことだと思う。そしてこれに必要なのは、言い聞かせる自己暗示やアファメーションでも妥協でもなくて、「客観的に自分の現状を見る」ということ。

客観的に見る、とはよく言うけれど、客観的に見るには俯瞰しなくちゃならない。ということは足場をもっと遠くに置いてみなければならない。

海外に出てみて初めて日本の良さが分かるように。野宿してみて初めて屋根と壁の有難みが分かるとか。
つまり、逆説的に、居心地の悪い(と今は感じる)ところに足を踏み出す必要がある。


これは、足場の横軸の話。



もう一つが時間の縦軸の話で、「そもそも人は現状に満足出来ない」という話。


どれだけ恵まれていても、幸せでも、何かしらの新しさを人は欲するし、成長したい、より良くしたいという意識がある訳で。

これを冒頭の言葉を「今あることに満足しよう」と解釈して歩みを止めてしまうと、間違いなく悪化することになる。
だから、現状を俯瞰した上で、理想を追いかけることは重要だ。羨ましいと思ったものには素直に手を伸ばせ。無理だと思っても踏み込んでみるくらいの傲慢さは持つべきだ。


そうした過程がセルフサンドバックとして機能する。進みたい方へ進んだ道は、いちいち振り返らなくても自分を後押ししてくれるし、勝手に感謝してしまう(感謝はしようとしてするものではない)。自分に感謝出来たら自ずと周囲にも感謝するから、感謝出来ないことに悩んでる人は自分に感謝出来るように進んで行けばいい。ちなみに私は今ここの歩みを重点的に進めたい。

 

 

愛されるのが先か、愛するのが先か

 

よく、「自分を愛せない人は人を愛せない」とか、「愛されてこなかった人は人を愛せない」だとか色々なベクトルの言葉を聞くけれど、言葉は何かを一つの側面からしか切り取ることが出来ないから、どっちも真実で虚偽だ。鶏と卵みたいなもので答えはない。(鶏と卵には実際答えはあるのだろうけれど、つまるところどうでもいい)

どっちが本当か、真実味があるのかを議論している暇があるなら、「どっちも同時に」やってしまえばいい。


要は、自分が嬉しいことに人を巻き込めばいい。チャレンジしたいことに一緒に飛び込むとか。
難しい話じゃない。楽しかった本を人に共有するとか。行ってみたい場所に一人じゃなく皆で行ってみるとか。自分へのご褒美ついでに友達の分も買ってみるとか。分かち合うとか書くと一人あたりの配分が減ってしまったように聞こえるけれど、実際は互いに倍になっている。

チャレンジしたいことなんて、人と始めた方がお互い続くことが多いし、winwinなんて言葉で表すまでもない。何かを選ぶなら、自分と他人が両方笑顔になる方を選べばいい。めちゃくちゃシンプルな話だ。 

 

 

どの自分が好きか

 

「自分」ってヤツは一人じゃない。怪人じゃなくても誰しも二十面くらいは持ち合わせている。日本人なら尚更だ。(分人主義)


要は「どの自分を自分は一番好きか」という話だ。怒られて肩が縮こまっている時の自分が好きという人はなかなかいないと思う。伸び伸びとして自然体で居られて、弱さも見せられるけれど自分の理想も混じっている、そんな自分が好きなんじゃなかろうか。

けれどその「自分」というヤツは、周囲に基本的に定義される。根性が足りないというような脳筋な話じゃない。そういうものなんだ。だから「何で自分はこうなんだろう…」となることが多いなら、そのコミュニティは自分に向いていないだけだ。さっさと次の場所へ動き出すべきだ。


「居心地が良かったはずなのに最近何か違和感がある」友人関係やコミュニティも然り。人は刻一刻と変わっていく。変わらない縁は互いが変わっていないんじゃない、互いに変わっても尚いい距離感をキープ出来ている、かつ相手の変化を尊敬を持って見守れるからだ。

冒頭の「現在」のところで書いたことは、全てこの意味で同じことを言っている。人口の数以上に居場所はある。後ろ髪や情を引かれていないで、次、次と進んでいけばいい。残るものは自ずと残る。(と先日友人に言われたので改めて全てのものを再配分している)



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以前、読者さん達に、「どうしてこのブログを読んでくれるのか」と質問したことがある。

返ってきた答えの多くは、「自分を肯定してくれるから」だった。


それはそうだ。このブログは私が私の背中を押す為に書いている。たまたま、私の中のとある部分と読者さんの何かが重なって、読み手側もそう感じてくれたという話だ。けれどそれは、自分の為に成した事が結果として誰かの役に立っているから、すごく嬉しかった。


何度だって自分を好きになりたいし、ならなくちゃいけないとも思う。この国は何かをしたら人が承認してくれて、評価してくれて、褒めてくれる文化が強いけれど、そこに甘んじるから自分が嫌いになってしまう人が多いのだとも思うし。私もずっと人の評価でしか生きることを知らなかったから、三十路手前にして、もう一度そこをやり直したい訳だ。やらずに済ませたかったのだけれど(遠回りだから)、鬱になって、どれだけ遠回りしてもそこを通らずして先に進めないんだなと痛感した。


今までも仕事は好きだったし、カウンセリングもコンサルも執筆もどれも自分の為にやっていたことではあるけれど。もっとその深度が深い仕事と生き方がしたい。もっと瞬間瞬間フレッシュに、好奇心のままに、本音で、私が私を惚れさせるくらいの生き方が。



三年を経てリスタートになるけれど、またよかったらふらりと読みに来てね。





こっちもまたゆっくり動かします。感想やコメント、近況、相談etc.待ってるね。
LINEコラムでしか読めないお手紙もあります。
(LINEトークのように話せるので内容は他の人には見えません)

「S/Recipe Journal」
 






Minori.