セックスレシピの作り方

恋も、性も、私らしく。「自分をもっと大切にしたい」と思った時に読むブログ。

"ありのまま"は、"いつも"じゃなくていい。



最後の記事から、約半年。



目に見える変化がなければ文字は綴れない。なぜなら文字は目に見えるからだ。目に見えない変化が沢山あった。特に鬱になってから。もう三年か、時間感覚も記憶もかなりバグっているので定かではないが、とにかく身動きが取れない日々が続いた。私の中では何かが刻一刻と変容していたのだろうけれど、それは言語になる前のものだ。私の認識の及ばない範囲だ。だから、この『セックスレシピ』を綴ることが出来なかった。


全てが吹っ切れた訳ではない。けれど、やっと方向が見えてきた。あとはもう行動あるのみだ。石の上にも三年とはいうけれど、三年もいれば苔は生す。だから体は重い。それを歩みながら一つひとつ剥いでいかなければならない。この三年の、言葉にならなかった何かを言葉にする日を、いつか迎えたい。




動けない時に必要なのは、当然ながら「そこにいていい」という許可だ。病の時に「休んでいいよ」というように。休むべき時というのはよくわからないけれど、少なくとも、動けない時は休まざるを得ない時だ。そういう時、外部からのそういった許可は本当にありがたい。なかなか自分から出せるものではない。つまるところ、「ありのままでいい」と認めて貰う環境に身を置かなくてはならない。だって、どう足掻いたところで、動くことがかなわないのだから。


けれど、やがて少しずつ動けるようになる。そうすると、当然ながらフラストレーションが溜まる。長期療養を経た退院間近の患者のように。自分を守ってくれていた揺り籠は、言い方がずさんだけれど、足枷になる。けれど足蹴に出来ないのが人間の心であり葛藤だ。恩を仇で返すような気がする。それに、欲求不満ながらも居心地がいい。可能なら揺れ続けていたくなる、墓場まで。けれどその揺り籠こそが、鉄のように重い。それに大して揺れる自分の心が、鉄のように冷たい。




自分のペースを保てるのは、自分だけだ。偶然同じペースの人間が居て、二人三脚を組めたところで、それは一時的な物でしかない。生まれてから死ぬまで同じペースだなんて、一卵性双生児でワンチャン、というところだろう。ペースが変わったなら、全てを変えることを余儀なくされる。──今年、私は身近な人達とのパートナーシップ全てを変える。行動範囲も変わる。住む場所も多分年内に変わる。




「私の為に生きる私でありたい。」



きっとものすごく当たり前のことなんだろうけれど、これが私にはなかった。その細かい話はまた後日言及したいし振り返りたい所ではあるが、その決意を形にする一年にしたい。ぶっちゃけ、怖い。二十歳の時に家出を決意した時のような緊張がある。あれは実家という枠組みから飛び出したけれど、今回は「藤井みのり」という枠組みを飛び出す。何度もアップデートをかけてきたし、大きく変わってもきたけれど、根本の根本からひっくり返るのだと知っているからこそ、足が震える。震えるからこそ、踏み出す。


だから、自分の背を押す為に、私はまたここに言葉を綴りたい。私自身の為に。自分が紡ぐ言葉こそが、誰のそれよりも自分を肯定してくれることを知っている。「 ありのままの 」じゃなく、" I wanna go "というベクトルで。ありきたりな言葉だけれど、「なりたい自分」になることが、逆説的に「ありのまま」でもあるのだから。


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これが、私のしばらくの目標だ。








みのり