セックスレシピの作り方

恋も、性も、私らしく。「自分をもっと大切にしたい」と思った時に読むブログ。

「愛される」と「期待」の関係の話。


「こういう期待をされているんだろうな」と無意識に思っている物事は少なくない。

例えば、早く返事返せよって思われているんだろうな、とか。
例えば、もっと好きって言って欲しいんだろうな、とか。
例えば、仕事の効率悪いと思われてるんだろうな、とか。
例えば、敬語使えよって思われてるんだろうな、とか。

それが事実にせよそうでないにせよ、そう描いてしまった時点でプレッシャーだ。そして、顔を覗き込まなくたって、色はなんとなく察せてしまうのが人間だ。生きている時間が長いほどに、その精度はきっと上がってゆく、判断材料になるサンプルデータが多いからだ。そうして気付けば、反射的に生きてしまっている自分がいる。





期待に(私なりに)応え続けてきた人生だったと思う。何かを自分から決定した時だって、ずっと周囲の顔色を伺ったり、きっとこれを選ぶことが正解なんだろうなとか、これを選んだら喜んでくれるのだろうなという基準があった。判断を下すタイミングだってそうだ。今切り出したら怒られるだろうとか、早く決めないといけないという無言の圧力とか。





三つ子の魂百までというけれど、長年染み付いたものはそう簡単には拭えない。どれだけ描いた方へ舵を切り直したって、アンバランスな体勢を立て直したって、体どころか心に染み付いたものはなかなか治らない。治ったように見えて、もっと無意識下に潜り込んでいたりするから厄介だ。


そして最近になってやっと気が付いた。もしかしたら、これが私の鬱の原因だったんじゃないかとも思っている。「自分を生きる」という方向へ羅針を立てて、それが本能的に欲するものだと気付いても、肝心の中身が伴わない。分かってはいても、具体的なものが見つからない。それを散々してきたつもりで、それもまた掘り下げれば誰かの期待だったという玉ねぎみたいな現象。そして尚且つ、染み付いた癖で結果、「自分が選んでいると思っているのに延々と誰かの期待に走らされ続けて、エンジンを蒸し続けるだけ」になっている。







冒頭に述べた、目に見えないものも数えるならば、きっとそこらじゅうをぐるりと「期待」というものが取り囲んでいる。イライラをぶつけられるとか。拗ねられるとか。嫌な空気を出されるとか。催促されるとか。それらを跳ね除けるだけの自己愛が必要だけれど、それを育むにはそれらに応えずに淡々と自分のために歩んできたという軌跡が結構必要になってくるというパラドックス




そしてそういう類の期待は、本当の意味での「どうなっても構わないから、お前のやりたいようにやってご覧。どんな結果でもお前を受け入れるから、自由に生きろ」という "期(を)待(つ)" ではなく、大抵は自分の機嫌取りを他人に丸投げした結果だ。手っ取り早く他人をコントロールしたいだけだ。

  

f:id:sexrecipe:20190615032636j:plain



私は、そういう人と居たくはないし、そういう人間ではありたくない。してしまうことのある自分への自戒も兼ねて。だから。



と夜中に心の中で大きく叫んで、寝ようと思う。




【相談&報告型LINEコラム】
  
無料、不定期配信。
  
いただいたお悩みやご相談に答える形で配信中。
LINE@でしか読めない限定コラムは
こちらから友達追加で簡単に読めます。

      
「S/Recipe Journal」
 

   
(またはLINE ID "@gdl2473t"を追加)
  




TwitterFacebookInstagram(フォローお気軽にどうぞ!)

        Twitter藤井みのりの脳内メモ帳。

   Facebook:ホットなハイライト。

   Instagram:インスタでもブログ読めます。

 

 

 
■Mail■

lovecreator.minori@gmail.com