セックスレシピの作り方

恋も、性も、私らしく。「自分をもっと大切にしたい」と思った時に読むブログ。

自分はどんな人間なのか、と立ち止まった時に。


「自分を大事にする」という言葉を、最近手にとって改めて眺めてみている。お大事にとか、誰かを大事にしたいとか、割とあっさりと言ってしまう言葉だけれど、詰まるところどういうことなのだろう、と。


「あなたは人を大事にしない人だね」と言われたとする。この時、二つの選択肢がゲームならば眼前に現れている。


▶︎"この人の描く自分"を大事にしますか
 "自分の思う自分"を大事にしますか

 

と言った具合に。



主語がない、省略して構わない、と言うのは時に悪い文明だとも思う。気付くと手品のようにすり替わっている。それは相手の主観なのか。それとも自分の主観なのか。いつの間にかあたかも自分が考え感じたように錯覚してしまうから恐ろしい。けれど、種明かしまでがセットなのだ。翻弄されたとしても、後半のコマンドは最終的に選択できるようになっている。なぜなら今回の主人公は自分以外にいないから、だ。



だからといって、主人公のステータスやそのロールそのものが不変であるかと言うとそうではない。主人公とプレイヤーは、イコールでないからだ。メタ、つまり設定を弄ることが出来ながら、世界観の中で物事を感じることが出来るという二重構造になっている。私達に与えられた自由は、「自分の中の"分人"を選択できる」ということだ。「どの自分で物語を進めますか」というコマンドが、画面端に四六時中提示されているのだ。


分人主義の考えでふとこの記事を思い出したので貼っておく。一秒前の自分を裏切れ、貫かないことを貫け、と言うのは私がそれこそ"大事にしている"指針なのだけれど、詰まるところその自由さの話だ。NYでなくたって、進む道先に照らすべき松明は、誰もが宿している。


sexrecipe.hatenablog.com




ありたい自分である自由、……と言うと大層なことに聞こえるかもしれないが、理想とか夢とかそんな壮大なことじゃなく、今この瞬間どっちを選んだら自分が嬉しいか、という子どもにもわかる理屈で選んでいいはずだ。でなければ、人は生まれながらに不自由じゃないか。運命が決まっているという諦念説も、自分で切り開くという熱血説もあまり好きではない。というかそんな、仮にどっちかだとしても何も実際は変わらないような問答はどうだっていい。選択の自由があることをつい忘れてしまっている、ということを忘れないでいればいい。



同じ構図なのだ、自分がどんな人間か、だなんて。優しいと言われても非人道的だと言われても、そんな言葉に括ることは到底出来ないし、その言葉があってもなくても、自分という人間そのものがその瞬間から変わるわけではない。だったらそれは気にすることでも意に介すものでもない。決定権は自分にあるのだから、言葉は自分から産んでゆくべきだ。松明の火と共に焚べるべきだ。他人の言葉は決して刺さらない。背に刺さり、そして背を押して、突き動かすのは、自分が選んだ言葉だけなんだ。



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Just do it. This is MY way.


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