セックスレシピの作り方

『あなた専用の、セックスレシピを。』セックスは「する」ものではなく、「つくる」ものだ。

私が、カヤノヒデアキという男を愛する理由。


気づけばカヤノヒデアキという男の隣を歩み始めて4年が過ぎた。この人生で、1年以上続いたのはこのブログとヒデアキとの関係、というくらいに飽き性で、続かせることができないことがもはや特技ではないかというくらいの私が、なぜこの人とだけは一瞬たりとも飽くことなく一緒に居られるのだろうと、昨夜ふと考えた。
 

多くの人を愛するほどに、よりこの人が愛おしくなる。「たくさんの男性を愛するというのは、子どもが複数生まれるのと同じ感覚。愛が1/2、1/3になるんじゃなくて、2倍、3倍になっていくのよね」と、友人のママが語ってくれたが、その感覚は、心からわかる。4年経って、それは褪せることなく、むしろパートナーシップのスタイルの遷移に合わせてそれ自身が形を変えてゆくのが面白いし、嬉しいと思うのだ。今この瞬間の、ヒデアキへの想いを綴っておきたいなと思った。



 

■「早く元気になってね」と言わない

私が体調であれ心調であれ、落ち込んでいる時。普通は「早く元気になるのを待ってるよ」という言葉を多くの人はくれる。待ってくれているのは嬉しいし、その優しさは純粋に心が温かくなるけれど、この人の愛はそういうベクトルではないのだ。
 
どこまでも繊細な優しさを注いでくれる。元気になってねというのは、暗に「元気でない状態はよくない」というニュアンスが、ほんの少しばかり混じっているそれすらに気を遣う優しさなのだ。決してジャッジしない立場からの愛。だから、絶対にヒデアキは「早く元気になって」なんてことを言わない。どれだけ私が落ち込もうと、どれだけ拗らせようと、何も言わずに隣にいてくれる。


結構誤解を招いているけれど、藤井みのりという人間の本質は死ぬほど根暗でメンヘラだ。だから、それほどの愛でないと受け取れないのだ。私が今ここに立てている一番の支えは、彼だと言って過言ではない。彼の繊細な愛があるから、こうやって文だって綴れている。そんな彼の愛だから、深いところまで根こそぎ包んでくれて、そして私も深いところで受け止められるのだ。



 

■ゼロ・プライド

カヤノヒデアキに、いわゆる「プライド」というものが存在しない。今まで生きてきて色んな男性に出会ってきたけれど、彼ほどプライドのない男性を私は殆ど知らない。プライドはあってもなくてもいいと思うし、あるからこそ前へ進む推進力になるのも知っている。けれど、私はきっと、本当の意味での"プライド"を持っている彼が、大好きなのだ。


これもまた語弊を招いているけれど、少し前までは私がヒデアキに養ってもらっていた側だった(現在は彼がヒモになっているけれど)。でも、ふと思うのだ。男性でヒモになれるって、逆にすごいことじゃないかと。私が男だったら、世間の目とか、収入のない自分とか、何の肩書きもないこととか、そんなところから、片っ端から自己否定に走ると思うのだ。それはいわゆる「プライド」を捨てきれないから。
 
彼にとってのプライドは、純粋に彼の中から生まれた美学のように私は感じている。99%折れてくれるけれど、絶対に何があろうと譲らない1%が彼の中にある。目に見えるものをどれだけ失おうと、どれだけ損をしても、どれだけ批判されても、そこだけは失わない。私は、そんな彼を、そんな彼の美学ごと愛している。


 

 


 

■「期待」をしない

 

カヤノヒデアキという人間は、びっくりするくらいに「期待」をしない。いわゆる彼女だからこうして欲しいとか、これくらいすべきだとか、そんなところも含めて。して欲しいことは欲しいと伝えて、それでおしまい。私がそれをしなかったからといって、腹立てることもない。それは、彼自身が、そう生きているからなのだと思う。人の期待に応えるなんてことを、微塵もしない人間だからなのだ。だから私は、彼の前では、どこまでも伸び伸びと、ただの純粋な"藤井みのり"として生きていられる。彼が私にとっての「ホーム」でもある所以だと思う。



彼との忘れられない思い出の一つに、富士山で彼が頂上から、私のいる9合目まで降りてきてくれた場面がある。そこで彼が振舞うべき役割より、頂上で見られるはずだったご来光より、その全てを捨ててでも、砂利道でもいいから私と一緒に同じ景色を見たかった、と伝えてくれたとき。私にとって、"愛"を言い換えるなら「同じ景色を同じ目線で見ること」。私の愛する人は、みんな私よりずっと先を歩いていて、それはヒデアキも例外ではないし、そんな人たちに尊敬や憧れも抱くけれど、彼はいつも先でちゃんと私のことを待っていてくれる。私が歩を止めたなら、私のいる場所まで戻ってきてくれる。だから私は、いつだって私のペースで生きていける。それが、どうしようもなく、嬉しい。


 

 



■触れただけで、触れた場所から全身が熱くなる

 

これに関しては上手く表現できないのだけれど、彼に触れると、そこから熱が私自身に伝わって、毛穴がぶわぁっと開いていく感覚になるのだ。その瞬間、それが心地よくて、嬉しくなって、「ああ、私、生きているなぁ」って感覚に酔いしれる。誰かがヒデアキは温泉のようだ、と形容していたけれど、まさにそんな感じ。


多分それぞれに違った感覚があって、それは握手した瞬間とか、ハグを交わしている時だとか、自分と相手との間に何かしらのそういった反応はあるのだけれど、その熱電導率が尋常じゃない。それは、一緒にいる時間が長いせいかもしれないし、他の理由かもしれないけれど、私はその瞬間がすごく好きだ。「生きている」と感じる瞬間が一番嬉しくなるから、火照って触れていられなくなるまで、ずっと触れていたいと思ってしまう。




■弱い人に手を差し伸べる強さ


彼を見ていると、この世界で、ある意味一番弱い人達に手を差し伸べているのだなと思う。駆け出した人を鼓舞するのは簡単だ。加速したものにさらにパワーを加えれば、ずっとずっと早くなる。けれど、彼はその、動き出す前の何かに触れようとしている。そしてそれは、彼に会うまでずっと動けなかった私でもある。それは根気がいるし、きっとどんなものより難しい。それをしたからって、現実が目に見えるほど変わらないことの方が多いし、評価されることも殆どない。それでもそこに、手を差し伸べ続ける彼の強さに、私は惚れ込んでいるのだと思う。
 
 
何年か前に、トイレから私が泣きながら出てきたことがあった。女子トイレほど、お母さんが子どもに対してがなってしまう場所はないと思う。「早くしなさい」「どうしてできないの」と個室から響いいてくる言葉は、多分お母さん自身ずっと求められてきた言葉でもあるし、私自身も、自分を含めて多くの人に浴びせられてきた言葉で、そしてすごく嫌いな言葉で、世界なのだ。それを目撃して泣いて出てきた私に、「みーちゃんが、トイレから泣いて出てくることがないような世界をつくるね」とかけてくれた言葉が、嬉しかった。
 

世界を変えるなんて勿論できっこないのだけれど、一番弱いところに手を伸ばす彼にしか、触れられない世界はあると思っている。そして、そこからしか、変わらないものがあると確信している。彼がそれを為すかどうかはもはやどうでもいい。彼が結果を出して死ぬか、死んだ後にそれが残るか、永遠に何も残らないかもしれないし、そんなものは知ったことじゃない。ただ、彼がそうやって生きているその生き様ごと、このカヤノヒデアキという生き物を、愛おしいと思うのだ。




「絶望だけは手放したくないんだ」


いつしか彼が呟いた言葉があった。その絶望は、あの時のお母さんの言葉とか、私自身が抱える弱さとか、そういったものの集合で。それを手放せば、いわゆるカッコよくて輝かしくて、もっともっと綺麗な世界があるのかもしれないけれど、私はその絶望が心底美しいと思うから、今世はそれを捨てられない。だから、彼に惹かれるのだと思う。惹かれて惹かれて、止まないのだ。端から見たら全然カッコよくないかもしれないけれど、彼は私のヒーロで、そしてまた同じように誰かのヒーローなのだ。


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カヤノヒデアキという男を、私は、心の底から愛している。
 
 
 
 
 
 

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藤井みのり





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