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セックスレシピの作り方

『あなた専用の、セックスレシピを。』セックスは「する」ものではなく、「つくる」ものだ。

お金も人生も、「正論」より「楽」を選びたい。

自分を愛する生き方 藤井みのりについて


プノンペンカンジダになった直後にお腹を壊して、病院の人に「あら、また来たの」という感じに対応されているのだけれど(本人は元気です!)、自分の中に「海外で病院に行くのは怖い」という思い込みが何故かあったなと思う。でも「だから行かずになんとかする方が良い」というよく分からない正しさより、一刻も早く痒みと下痢をなんとかしてくれ、という自分にとっての楽さを選んでよかったなと思っている昼下がり。病院に連れて行ってくれた友人こと石原舞には頭が上がらない。


と私の例もその一種かなと思って綴ったのだけれど、彼女とこっちで何度か話した「正論について」の話。というのも、彼女も私も、「正論」と出会ったなら大抵叩かれる質なのだ。「会社を4日で辞めるとは何事か」「お金をもらっているのだから“ちゃんと”仕事をすべきだ」「期日は嫌でも守るべき」…それはごもっともだし、非の打ち所がないので、別にそれを間違っているなんていう気はないのだけれど、一方で「できないことはできない」「人に正しさを強いると、そうなれない人は自分を含めて死滅する」なぁと感じているわけである。

 

 


というのも私が先日「正論」を選んでしまって、それから酷く自分の中の何かがずれてしまったような気分を味わった。自分の核が中心からずれてしまっているようなそんな感覚。私の言い分は責められるべきポイントはないし、本来なら、普通なら、一般なら、そうすべきことで、でもそれから自分が始終そわそわしてしまっていた。それを通すためについ攻撃的になってしまう、そんな自分がいた。そしてその状態の自分が全く「楽」ではなかったのだ。翌日、それを撤回した。その瞬間、物理的には私は損をしたのだけれど、それが全く気にならないほどの、自分が自分の元へ戻ってきてくれたようなそんな爽快感が吹き抜けた。具体的にお金の話なのだけれど、お金が多くもらえる方と、私が私である方とどちらかを選ぶ場面において、やはり選ぶべきは後者だ、とプノンペンの風をバイクで感じながら確認していた。


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お金。お金に関して、正論の立場を取ってしまうことは多いなと感じている。例えば沢山のお金をもらってビジネスする場合、「そんなにお金をもらっているのだから真面目にやれよ」というのは何度か目にしてきたけれど、大切なのは相手と自分の満足度ではないかと思うのだ。例えば私からしたら、ブランドのバッグにうん十万かけることにあまり意味を見いだせないのだけれど、別にそれをぼったくりだとか、それをよくないとは思わない。何故ならそこに喜んでそれをその価格で買いたいという人がいて、作り手も自信を持って商品を渡しているのだから、一体どこに不都合があるのだろうと思う。そこにやっかむのはいつも外野だ。自分と自分の乖離から目を離して、第三者をあげつらってとやかく言っているだけだな、と思うわけだ。



確かにルールは必要だけれど、それを他人に押し付けたくはない。自身の正義、巷での正論を振りかざしたところで、そこに平和はないなと思う。自分から発したルールが乱反射して自分をより縛ってしまうような気がする。人に強いてしまえばそれは自分が強いられるということだ。それは一見まとまっているように見えて、酷く歪で、他を排除した存在になって、いつしか人に助けを求めることが出来なくなっていく。それは何より自分が数年前そんな存在だったから思うことなのだけれど。世界は孤独で厳しいところだったけれど、今はもっと優しい場所なのだなと思えている。特に、パートナーシップにおいて、強く思う。

 

 


とよずみちあきのこのツイートが、正しさなんてどこにもないんだと、優しさを持って私の胸に突き刺さっている。






藤井みのり


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