セックスレシピの作り方

『あなた専用の、セックスレシピを。』セックスは「する」ものではなく、「つくる」ものだ。

「問題」なんてものはどこにも転がっちゃいない。

   

最近強く想うのは、「問題なんてどこにもない」ということ。

  

究極、戦争も環境破壊も貧困も、まるで「問題」ではない。そこに「好き嫌い」や「快不快」があるだけで。

ミクロな視点で見る。例えば太陽が滅ぶことも問題ではない。ただその「事実」があるだけだ。

  

  

仲間が「問題を作っちゃう問題」というなかなかいいネーミングをつけていたけれどまさにそれ。◯◯がうまくいかないとか、◯◯に失敗したとか、それはある一つのベクトルで世界を見たときの話で、でもそんなベクトルを捨てたとき、それは何一つ問題じゃない。もう一度言う、それは、何一つ、問題じゃない。

  

  

  

この話を先日友人と話していたけれど、これを例にするのなら、私が稼いだお金を「私のお金」と見るのは一定のベクトルで、そもそもお金に所有なんかない。すべてのワードにおいてそうで、この話に限らず、何か心が揺らいだなら、それは問題でもなんでもなくて、ただ自分がそれを「一定のミクロなベクトル」で眺めているだけだということ。

  

 

  

好き嫌いで物事を見るなら、私は「品」がない人が得意ではないなと、先日いばや通信の坂爪さんと話していて気付かされた。例えば、年下だとわかった瞬間にタメ語になるとか、本当は話したくもない話を取り繕って話している人とか。

  

それらを掘り下げたとき、「品」がないというのは、作られた架空の何かをなぞっていることを言うのかもしれないと思った。その人がその人であるのが美しいし、それが変な形でもそれは愛おしいと思うのだけれど、ありもしない形を装って無理を伴った、ぎしぎしした聞こえない音を奏でている横で、私はその音にいたたまれなくなってその場を退いてしまう。

     

  

 

「愛おしい」という話において、私は伝えずとも会えずとも、ただ「愛している」時がたまらなく幸せだ。伝えられたら嬉しいけれど、伝わらなくても構わない。ただその人がその人たらんことを祈っている時間が、途方もなく好きだ。会いたい話したい触れたいとも思うと同時に、会えないし話せなくても、例え嫌われても憎まれても刺されても構わない、そんな存在を愛おしく思っているのが、本当に幸せだ。

  

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PRISMAが面白くてヒデアキとハマっております♡)

  

明日プノンペンからシンガポールへ向かう。

  

アジアを旅して思うのは、どこにいても同じなんだなということ。昔だったら、観光地を目一杯の体力を使ってまわっていたけれど、今は日本にいるのと何一つ変わらない時間を過ごしている。遅めに起きて、カフェに行って、友達と会って、散歩をして、眠りにつく。無理をすれば何かが歪む。無理のない日々を、積み重ねていたい。それが、「私」だからだ。

  

  

  

どこにいるかでなく、何をしているかでなく、ただ私がどこにあるか、ということな気がしている。

  

  

 

藤井みのり



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