セックスレシピの作り方

『あなた専用の、セックスレシピを。』セックスは「する」ものではなく、「つくる」ものだ。

すべてに本当は「価値」なんてないんだ。


今まで書いて来たことを一見ぶっ壊すようなタイトルだけれど、読み進めて頂ければ幸いだ。



先日めずらしくヒデアキと一波乱あって(正確にはただのコミュニケーション不足)、そこでふと湧き上がって来たのが、「全てに本当は価値なんてない」ということだった。価値を受け取るとか、自分には価値があるとか、自己肯定するだとか、そんなものに必死だった時期もあるけれど、多分、本当は、「価値」というものがそもそも存在しない。


「価値」は、ある定まったベクトルから何かを見たときに始めて生まれる。社会にとっての価値。相手にとっての価値。子どもにとっての価値。そんなものは関係性において生まれる蜃気楼みたいなもので、それは一瞬でなくなったり変わったりするし、だからみんなそれに苦しむのだし、でもなんとか見いだそうと目を細めたりもする。がさつな言い方をすれば、善か悪か、みたいなものだ。この人にとってこれは良くてこれは悪い。そして良いとされるものが、価値として認識される。





わかりやすく言えば、「感謝」。これも、良しとされるものに対して、抱かなければいけないような気のするものだけれど、感謝が生まれる時点でそこに「善」があって、その善悪とか価値とかをとっぱらったときに、この「感謝」という概念は消失すると思う。





だから、語弊を恐れずに言うならば、「いのちが何より尊い」は、嘘だ。価値を認めた瞬間、善悪を持ち出した瞬間、比べ合いになる。どちらが価値がある、どちらの方が優れている。どちらが秀でていて優先されるべきでどうあるべきだという強制になっていく。でも、それはただ一視点に限った見方だ。世界は一つじゃない。だから、何もかもが尊くない。いのちだって尊くなんかない。大切にしなくちゃいけないものなんかなくて、ただ大切にしたいものがそこにあるだけだ。








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Photo by Chiaki Toyozumi



全てが無価値だ。だから、大切にすべきでなく、大切にしたいかどうか。美しくあるべきでなく、美しいと感じるかどうか。愛すべきでなく、愛したいかどうか。それだけを持って、生きていたいと思った。