セックスレシピの作り方

『あなた専用の、セックスレシピを。』セックスは「する」ものではなく、「つくる」ものだ。

【恋愛芸術主義】私という人間を創りあげた、5つの恋愛。

 

恋愛至上主義、とは言わないが、恋愛してなんぼという価値観が私の中にあるのは事実だ。それは多分物心ついたときからで、小さいときからおませさんだった私は常に自分の中に好きな男の子TOP3を作っていたし、今の自分がびびるほど、好きと思ったらすぐにアタックして怖いもの知らずだった。でもそれは結果として私の人生を大きく変えてくれたことになる。小さな恋から大きな愛まで、「恋愛」が教えてくれた5つの話。




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  1. 「すべき」ではなく、「したい」かどうか。

    女子校という環境下と小さい頃は男の子になりたかった私は、一時期女の子を好きになろうとしたことがあるが、結論から言ってそれは無理だった。今から思えば、女の子を好きになろうとする試み自体に戸惑いを覚えなかったのかと首をかしげたくなるのだが、当時はそれよりチャレンジしてみたかったのが強かったらしい。ぶつかってみて越えられるものと越えられないものを知る。それは、自分の力不足ではなく、自分が何者であるかを他者を通して知るという、人生において一番大切と言っても過言ではないほどのプロセスである。タブーや常識はさておいて、ちょっとでも自分のアンテナにひっかかっているものはやるべきだ。それが恋愛なら、なおさら。

    ちなみに余談だが、全く別の機会で女の子とセックスしてみたところ、とネコ(受け手)なら可がタチ(攻め手)はダメだということが判明。それだってやってみなきゃわからないこと。





  2. 価値観の違いで別れてはならない、という価値観の発見。

    国際平和に興味のあった私にとって、「価値観の相違からの離別」は絶対に受け入れたくないもののひとつであった。今思えば「価値観で仲違いする=国際平和は実現しない」となるのは強引な考えだったなと思うのだが、その価値観を持っていた私にとって、そういった理由で喧嘩するばかりの恋愛はものすごく苦しかった。今思えば、苦しめていたのは私でも当時の愛する人でもなく、「その価値観を自分に装備していること」でしかなかったのだが、それが分かったのは勿論失恋した後。

    ちなみにこの時期、ご多分に漏れず相手に好かれる女になろうとしたが、そうすればする程、描いた恋愛は遠のいていくのが当たり前。そうして失敗して、人は「自分を愛する」ことを少しずつ学んでいく。


    「人はきっと本当に人を愛して、バカな自分に向き合って、苦しんで、悲しんで、乗り越えて、そうやってきっと本当の自分を磨いていくのかもしれないわね。男にも女にも、そんな経験がひとつやふたつ あるんじゃないかしら。」

    ───『ふくい恋するフリーマガジン le couple vol.6』
       「惚れた男」コラムより抜粋

     





  3. 「恋に恋する」を経て、はじめて相手に恋をする。


    恋に恋した恋愛が少なくとも2回はあった。結局長くは続かない。が、それを後悔しているかと言えば、自信を持って“No.”と言う。だって、そのときの私はそれがしたかったんだから。人はいつだって、知らずのうちに全力投球している。今の自分が思い返せば穴に入りたくなることだって、そのときの自分がしたくてしたのだから、それを後悔するというのは過去の自分に対してとても申し訳ないと思う。だから、本当は「後悔」というものは存在しない。「後悔」というものを抱えている人は、自分を否定している人だ。

    恋に恋する、はよくないものとして挙げられがちだが、当時の自分はそれをしたかったんでしょう?ドキドキしてみたかった、恋愛してみたかった、遊んでみたかった、新しいものを欲していた。だったらいいじゃない。過去の自分を、全力で肯定しろ。それは、世界中で自分にしか出来ないこと。





  4. 「恋愛」の定義。

    過去すべての「恋愛」は、それぞれが全く異なる意味を為していた。初めての恋愛はそれこそ甘酸っぱいものだったかもしれない。綺麗なもの、ときめきとか、キスしてみたいという純粋な好奇心。その次の恋愛は傷の舐め合いみたいな、でも一生懸命人生に体当たりしていた感じ、そして自分というものの枠組みを垣間みる。3番目はもっと猛々しい動物のような好奇心と、セックスという根源への扉。そのあとには価値観とぶつかり合いからはじめて自分というものを捉える。そうして自分と相手が水平線の上にやっと並び、2人の人間が別の世界を生きているという認識の上に出来た恋愛。それからこの人を一番近くで見ていたいという願望。そして、今。

    あなたにとっての恋愛とは、何だろうか。それを恋愛の都度、朝起きる都度問いかけてみるといい。そこから自分の人生を眺めてみるとまた違った景色が見えてくる。





  5. 目的のない究極の芸術、だからこその“恋愛芸術主義”。

    岡本敏子の著書に『恋愛芸術家』というのがあるが、これはほんとうに名著だ。感想としては、読んでいてただ嬉しかったのだ。ああ、この人はこんな風な言葉で表現するんだ。烏滸がましいと思いつつ、あの人と出逢えていたらきっといい友人になれただろうなと思うのだ。私はこうやって似た感覚をこういう言葉にして表すが、彼女はまた少し違った風に表現する。

    恋なんて、
    人生の中では一番無目的で、危なくて、
    自分を投げ出さなければできないことなんですもの。

    ───岡本敏子




    小さい頃と比べたら、数年前は恋愛に対して臆病になっていたなと思う。「好き」と思った瞬間、「あなたのことが好き!」と言う。伝える。ぶつけてみる。ただそれだけのことに一歩踏み出せなくなったのは、そこに目的や結果を求め始めたからだ。「嫌われたらどうしよう」「まわりの目が気になる」「結婚するには微妙かも…」 あの頃の純粋さと、心と行動を一致させられるようになるには、装備してきた価値観を一つひとつ引っ剝がしていく必要があった。何年もかかってやっと最近、当時の自分に戻って来れてきている気がしている。最後に岡本敏子が人生をかけて愛した男の言葉で締めくくりたい。




    人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。ぼくは逆に、積みへらすべきだと思う。財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど、かえって人間は自在さを失ってしまう。過去の蓄積にこだわると、いつの間にか堆積物に埋もれて身動きができなくなる。
     人生に挑み、ほんとうに生きるには、瞬間瞬間に新しく生まれかわって運命をひらくのだ。それには心身とも無一物、無条件でなければならない。捨てれば捨てるほど、いのちは分厚く、純粋にふくらんでくる。
     今までの自分なんか、蹴トバシてやる。そのつもりで、ちょうどいい。
     ふつう自分に忠実だなんていう人に限って、自分を大事にして、自分を破ろうとしない。社会的な状況や世間体を考えて自分を守ろうとする。
     それでは駄目だ。社会的状況や世間体とも闘う。アンチである、と同時に自分に対しても闘わなければならない。これはむずかしい。きつい。社会では否定されるだろう。だが、そういうほんとうの生き方を生きることが人生の筋だ。

    ───岡本太郎『自分の中に毒を持て』青春出版




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     芸術のような生き方と恋愛。それを私は、岡本敏子の著書にちなんで、恋愛芸術主義と名付けたい。






    みのり





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