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セックスレシピの作り方

『あなた専用の、セックスレシピを。』セックスは「する」ものではなく、「つくる」ものだ。

【ダイエット的セックス】イくためのセックス、愛するためのセックス。結果しか愛せていない人に相手"そのもの"は愛せない。

セックス、性のこと、セックスレス 自分を愛する生き方 恋愛、パートナーシップ

 

私がセックスを考えてもらう上で、よく投げかける問いがある。「あなたの人生に置けるセックスの意義は何か」。人生の中でセックスをどう位置づけたいのか。そうすると大抵、「人生において◯◯のためにするセックス」という風に問いが入れ替わる。表面的にはさして変わっていないのだが、その瞬間求めているものはその意義やプロセスから結果にすり替わってしまう。しかし前者を言語の範囲内で伝えることの限界から、結果、後者の問いからセックスを定義し始める。いつもこの矛盾を抱えながら話をしている。






「愛し合うセックスがしたい」
「快感をとことん感じ抜くセックスがしたい」
「お互いを感じ尽くすセックスがしたい」

出てくる答えは様々だが、これらが、

「愛し合うためのセックスがしたい」
「快感をとことん感じ抜くためにセックスがしたい」
「お互いを感じ尽くしたいからセックスがしたい」

こうなってしまうと、本末転倒になる。ベクトルが全く違うのである。




 



人は何でも結果を欲しがる。ゴールがないと不安を覚える。目的・目標・ビジョン・理念…何にでもそれを求めるそれは、一種の病気と言っていいかもしれないと最近思っている。目的がなければ一歩も動けない。誰かに理解してもらえなければ怖い。承認されないことはやる価値がない。だから子どもに価値を置かない。情熱や芸術は軽視される。純真無垢な、「生きる」上で一番大切なものを取りこぼして、いつしか無気力になる。「ああ、私、何のために生きてるんだろう。」
この問い自体の存在に疑問を投げかけるべきということに気付かない。目的の絶対信仰。無宗教だからこそ、合理性と目的主義の見えない信仰に取り付かれていることに私たち日本人は気付かない。海外の自由な気風との絶対的な差はそこから生まれていると信じている。だから、セックスという愛の最高の芸術すら、愛せない。そこに目的がない限り。そして「妊活」と最もらしい目的を掲げてなんとか向き合えるような生き物は、果たして人間とロボットどちらに近いのだろうかと、虚ろに思うことがある。





恋愛は、究極的に無目的だ。目的やゴールなんて気にしていたらそれは恋愛にならない。結婚がゴール、永続が目的、未来を恐れて枠にはまって、そんなの恋愛じゃない。この人が好きだ、その情熱をただ投げ出したらいい。打算的恋愛が多すぎる。一番いのちが輝く瞬間の恋愛すら、セックスすら、目的信仰に侵されて、一体私たちはどこに「生きている」という実感を求めればいいのか。安定のための結婚、痩せるための合理的食事、妊活と銘打ったセックス、スケジューリングされた睡眠、無目的に始められない趣味、お金のための仕事。デザインされた私たちの人間性の在処について問いたい。



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私たちは、「生きている」のだろうか。











みのり




【只今ヒデアキと歩いて日本を縦断中。】

今日は京都府舞鶴市内から福井方面へ
泊めていただける方やご縁のある方がいらっしゃれば、ぜひ。

ご連絡はhizakurige8@gmail.comまたは090-8453-0535(ヒデアキ)へ。

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