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セックスレシピの作り方

『あなた専用の、セックスレシピを。』セックスは「する」ものではなく、「つくる」ものだ。

もし未来が、女性性と男性性のバランスのとれた世界になったら。

 

私がこの仕事を始めるときに、意見を聞かせてくれた尊敬するお姉さんのラヴィンみやさんが、Facebookで素敵なことを伝えていて、すごく考えさせられた。

 

 

 

どうして男は女に優しくしなくてはいけない?
それは平等じゃない。
ということを考えてみた。


それは、女性の性質として共感能力が高いから
無意識に相手を気づかったり、配慮することができるからで
男性の性質は、自己を発揮することが得意だから
一層、男性はそれを意識してやることが必要だというベースがあるのかな、と。


また、腕力も違うので
力が弱い女性に寄り添う、という意味での
配慮の一つなのではないかと。


優しくしなければならないのではなく
優しくしたらコミュニケーションがスムーズだから
なのではないかと。


それを言う男性は、女性に優しくしなければならないことに憤っているのではなくて
優しくしないとやいのやいの言われる社会に対して不満をもっているのではないかなー。とも思いまして。


男女平等を論ずる時に
性質の違いを知ってないとだし、
じゃあ、平等にしよう、という話の時、
男性の性質にとって得意なことを女性に強いる時点で
もはや平等ではないような気がしました。
だからといって、女性が子どもが産むということを
男性に強いたりしない。
なぜなら、できないから。


そんな風に目に見えるものだけが
できるできないの論点になるのではなく
男社会で生きることが
女性の性質にあっていないからできないのだ!ということを
ガンコで人の話を受け入れる気のない男脳の人にもわかるように
お伝えしなければならないのかな。
(お、悪意が出た 笑)


男社会っていうのは
性別が男で、もっている性質も男性性が強い人にとってだけ
生きやすい世界で
性別が男でも女性性が強い方(アーティストタイプ)の人にとっては
生きづらい気もしているので、
人を論じる時に、男と女という二つにわけることは結局難しいのだけど
女性がいつまでも【買われる、選ばれるモノ】で
あり続ける社会もいやだし。


まだ消化できてないので、
しばらく、あらゆる角度から考えてみたい。

 

 

 

 








前述の通り、「男性性」と「女性性」というものは存在するわけで、今の社会は「男性性」的社会だと言われる。どういう意味かというと、「成果主義」「結果主義」「ビジョン・目的・目標型」「理論>感情」と簡単に言えば「お固い」感じである(※決して股間的な意味ではない)。だから「社会人は厳しい」となる。母性より父性的な構造をしているからだ。別段これに関して非難しようとは思わない。私自身男性性が強いので、合理的結果的数値的、わかりやすくていいじゃないかという質である。



今回何が引っかかったかというと、みや姉さん(ラヴィンみやさんのこと)が「性別が男でも女性性が強い方 (アーティストタイプ) の人にとっては生きづらい気もしているので」と言っていたからだ。思いきり心当たりのある人物が身近にいる。そう────ヒデアキのことである。



 

 

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↑ヒデアキです。 


 

↑ヒデアキのブログです。

 

 

 

 

言わば彼はさっき挙げた男性的を真逆にした感じである。「過程主義」「無目的無目標(ただひたすら今という瞬間を積み上げていくタイプ)」「理論とかむつかしくてよくわからない(・・・というよりはただ頭が悪いのかもしれない。)」そして「アーティスト」。

 

アーティストは、究極のところ「無目的」ではないかと私は思っている。表現したい物を表現するというのは、もちろんテーマや元となった想いはあるのだが、基本的に何にも囚われず、結果を意識せず、ただこの瞬間の自分の中を表現するということなのではないだろうか。それは例えば5年後これくらいの売上を出したいからじゃあ今こういったプロジェクトをしましょうとか、将来医者になりたいから今センター試験科目を頑張ろうとかそういったベクトルではないと思う。




 


昨今「心」「在り方」「過程」「今この瞬間」などが大事にされるようになってきたのは、当然のことだと思う 。今までが男性的だったことは言うまでもない。そこに対してただバランスをとろうとしているに過ぎない。だから男性は臆する必要はない。男性の立場が失われるのではないか、男性が生きづらくなるのではないか、男性の負担が増えるのではないか、大きな変化に対して恐怖を感じるだろうが、これは過去の戦のようなフェミニズムではなく(結局それは男性的だった)、右に引っ張られていた花が一瞬左にたゆんでまっすぐに戻るような自然な現象だ。だから「草食男子」「ゆとりからのさとり」「女々しくて辛い(・・・古いか。)」とか自虐に使ってないで、堂々としていればいいのだ。全体がよくなろうとしている働きに対して、つい女性にばかりスポットが当たっているが、男性も陰で等しく役割を担っている。




 

ちなみに女性性・男性性のバランスがとれた世界はどんなだろうと少し想像してみた。

まず改善されるのは、「長期的」かつ「広範囲な」視点でビジネスが展開されていくだろうということ。目先の利益やコストに目がいってしまうのは結果主義のデメリットであるから、女性性をもう少し含有すればもっと引いた見方からプロジェクトが行われていくに違いない。

そして「感情」「精神」といったものにフォーカスされるなら、「個」が尊重される社会になる。簡単に言えば軍隊的な仕組みではなくなる。そのためもしかしたら全体の利益は減少するのではないかとも思われるが、ここは勝手に、個のパフォーマンスが著しく増加するから、トントンないし成長に傾くのではないかと感じている。

最後に、もっとクリエイティブな事柄が仕事になっていく。これは上手く出来ているとしか言えないのだが、ここまでの科学の発達で言わばあまり生産的ではない仕事は機械化するのだから、このタイミングで女性性の比率が増加していくというのはすごいのではないかと思う。もっと感情や心を扱う繊細な仕事に重きが置かれていく分、機械化とともに一気に変化が起こっていくのだろう。

 

 

 

 

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なんだか堅苦しくなってしまったが、とりあえず女性性がもう少し強まるまではしばらくヒデアキは生きづらそうなので、男性性の強い私が楽しみつつ、その間はやはりヒモをやっていたらお互いいい感じに幸せなんじゃないかと思った。

 

 

 

 

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