セックスレシピの作り方

『あなた専用の、セックスレシピを。』セックスは「する」ものではなく、「つくる」ものだ。

「自信」をつけたかったら、セックスしたらいい。つべこべ言わずにヤらないからいつまでたっても変われない。

かわいい女友達が浮気された。でもそれはそんな彼女を持てて初めて彼が自信を持ったからだ。童貞もどきがそんな女とセックスできたからだ。それくらい、セックスから得る自信は、デカい。

 

 

 

私が「セックスで得られるもの」として掲げているのは、「Core」「Communication」そして「Confidence」の3つだ。


Coreとは根源。セックスから全ての人は生まれて来たのだから当然だ。いのちの源。だから「いとなみ」と言う。

Communicationは文字通り男女(そうでない場合ももちろんある)の間で行われる意思疎通。今は前者よりこちらのほうに重きが置かれているから、婚前交渉は当たり前、「妊娠」以外の目的で行われることが圧倒的に多い。文化は変わっていくものだから、これに関しては私は全く構わないと思っている。(ただし妊娠を望まないのならばちゃんとリスクヘッジをしておくことが前提だ。)

そしてConfidence=自信。これはもしかしたら昔も今も、「男女」というものが存在する限り変わらないのではないかと思う。男は愛する女が気持よくなってくれたら嬉しいし、そんな男を見て女はまたそれを感じると言う循環。自信は他者を介して生まれるものだから、自信というものはそもそも循環するものなのかもしれない。

 

 

 

かく言う私も、セックスで自信をつけた一人だった。大学1年のときに撮影したパスポートの写真のページをを見ると速攻で閉じたくなるのだけれど、「いもい」以外の何者でもない。ずっと女子校の中高一貫進学校育ちだから恋愛もほぼ皆無。面倒くさがりの性格から髪はショート、ノーメイク、そしてもちろん眼鏡。元々ヲタクだったのもあってファッションもダサいわ無駄にV系とかも混じってたわで、今から考えるともう目も当てられない。当時はそれがかわいいと信じていたから仕方ないのだけれど。

大学でセックスデビュー。女も男も、相反する性があるから初めてその意味を成すように、そのときカラダも含めてちゃんと「女性」を自分の心が捉えたんだと思う。それでも2番目の彼氏と別れるまで、多少改善したにせよ、なんだかんだ「いもい」は続いていた。所詮たった2人の男だ。彼らが日本中の男性を代表するような人達だったら話は別だったかもしれないが、井の中の蛙。世間での自分の市場価値も、自分がいもいということも、自分ではわからない。

 

 

 

f:id:sexrecipe:20141120162337j:plain

 

 

セックスするときは基本裸だ。だから言い訳が聞かない。良い意味でも悪い意味でも。例えば「かわいいね」と言われても、普段ならそれを拒絶する言い訳がたくさん転がっている。「メイク落としたらどうせ不細工だし」「たまたまこの服がかわいいから」「世間一般のお世辞でしょ」。でもひとりの男とひとりの女、一糸まとわないから言い訳がない。良いも悪いも、産まれたまま、ありのままの姿だ。嘘をついたってきっとバレやすいだろう。飾るものがないんだから。

 


2人目の彼氏と別れた後、私ははじめて「遊んでみた」。遊ぶことが悪いとかいいとか言いたがる人は最初の記事を読んでくれたらいい。とにかく私にとってこの時期は人生の財産だし、これがなかったら私は未だに「いもい」ままだったはずだ。長い髪も二重もメイクも女性らしい服もそして人生をまるごと変えてくれた「自信」も、何一つなかったかもしれない。それくらい、「女性」であることを受け入れるというのはパワーのある行為だ。


セックスで男とただ向き合う。その中で語られた「かわいいね」「綺麗だね」「美しい」、最初こそ拒絶していたけれど、それは自分が変化を怖がっていただけだ。嘘がないのを本当は肌でちゃんと感じていた。だから、段々とその言葉を自分の中の女性性とともに受け入れていった。ただ自分が拒んでいただけ。女性であることを。男尊女卑を断固反対していた時期があったけれど、結局それは私の中に男尊女卑があったからだ。X軸でもY軸でもはかれない、男と女は一見並列のようでまったく次元が違うもの。それをそれこそ善悪判断、優劣判断していたに過ぎない。「女性」を楽しみ始めた瞬間、そんなナンセンスな考えは勝手に吹き飛んだ。女性として生きることが楽しい。というよりはただ楽しんでいる、その中に「女性」があるという感じ。それで十分だとわかった。

 

 

 

 


「自信」の中の大部分は、「女性」「男性」が含まれる。その「性」は、異性を通してしか究極わからない。だったらそこにとことんぶつかってみたらいい。今いるパートナーに自分を全身でぶつけてみてもいいし、婚活を本気でしてみてもいいし、私みたいに遊んでみたっていい。その代わり必要なのは「本気さ」だ。なんとなくまわりもやっているからじゃ何も変わらない。本気で遊ぶなり本気で付き合うなり。そうでなきゃ見えてこない。そうでなきゃ裸になんかなれない。裸になって、言い訳も嘘もとっぱらったとき、そこに「性」がくっきりと浮かび上がってくるのだから。

 

 

【大好評。無料:LINE限定、お悩み相談コラム。】
──────────────────────

LINEでしか読めない、お悩み解決型コラム。
「こんなこと書いて欲しい」お気軽にリクエストをどうぞ!
▶︎LINE Add Friend QR code