セックスレシピの作り方

『あなた専用の、セックスレシピを。』セックスは「する」ものではなく、「つくる」ものだ。

なぜ人生を「それらしいもの」にしたがるのか


最近、Facebookがとても気持ち悪くて開けない。
とても偏っているあの様が、とてもじゃないけれど受け付けない。


アンバランスなものが嫌なのだ。
ずっと日が昇っているような感覚になる。ずっと笑顔を貼り付けているような感覚になる。人間がいない。ヒトはいても、人間がいない、そんな感覚を覚えて、ほとんど開かなくなった。

 
■気持ちのいいものは。

私が心地いいなと思う人は、何かを隠したり恥じたりしていない人だ。いわゆる弱い部分やよくないとされている部分も余すことなくさらけ出して、それを何と思うことなく颯爽と歩いている人だ。投げかけられる声や行く先々の文言に悪びれることもなく、歩くことだけに生き生きとしている人だ。


つまり、綺麗すぎるものが嫌なのだ。




 

■集合写真的な生き方。

何をしているか、でその人のことなんか見ちゃいない。そんなもので人間は計れないと知っているから。

というかそんなもので見定めていたら死ぬまでその人というものが見えないで終わってしまう。私だって生まれた時は赤ちゃんやってて、そのうち学生になって、部活をやったりやらなかったり、一瞬勤めてみたけれど翌週には無職になっていて、それらしい肩書きはどれもしっくりこないし、寝ている時もあれば、こうやってブログを綴っていることもある。だから、「何をしているか」には、まるでその人を見る観点が搭載されていない。

私が好きだなと思う人たちは大抵何をやっているかよくわからない。私の理解の到底及ばないことをしている。例えばヒデアキなんて時々渋谷の交差点に便器を置いてみたりしているけれど、私はその行動の良さがなんらわからないし、恥ずかしくて一緒にやりたいとも思わない。信じがたい行動を日々彼はやってのけているのだし、そこで見ていたら人生を重ねることなんかめっぽう御免になってしまう。

 

それでいい。そこで見てしまったら、何一つ他人と何かを重ねることができなくなってしまう。「意味わからんこと相変わらずしてんなぁ」「私はそれ大嫌いだけどな」「馬鹿じゃないのかお前は」と言いながら横を歩いていられる関係が、私は、好きだ。

 

 



 

■中毒であれ。

 

依存とか中毒とかという言葉のネガティブさに私は中指を立てていたい。だってそれは、大好きのさらに大好きってことでしょう。最高じゃないか。

 

多分私はヒデアキに対して死ぬほど依存しているし中毒だ。そのくらい好きも尊敬も心地よさもカンストしている。例えばチョコレートも。最近はコーヒーも好きになった。綺麗な夕陽を見たら足を自然と止めてしまう。どれもこれも私の宝箱の中に入っている。

 

 

 

 

■人生とは○○である、を踏み倒していきたい。

 
人生を一般定義している奴が大嫌いだ。「人生ってこうじゃないですか」「世界ってこうでしょう」と言われた瞬間その場をそそくさと出て行くくらいには嫌なのだ。その人が自分の定義を持っているのは構わないのだけれど、それを誰かに押し渡した瞬間それは全く違うものになる。それはあなたの世界の話でしょう、と心の中で毒づく。

 

さっきの集合写真的なものがやはり嫌なのだ。各々で変顔してるならまだしも、みんながにこりと笑っている景色は、そこらじゅうに溢れている。世界は愛で廻っている、未来は希望で紡がれる、祈ることで世界がよくなる、幸せにしかなれないように出来ている、光を信じていきましょう、みたいな言葉の薄っぺらさよ。ハッピーエンドで塗り固められたディズニーランドか。(ディズニーは個人的に好きです。シー派です)


お前の世界はどうなんだ、とだけ突きつけて立ち去りたい。それらしい答えをもらって安心してる場合じゃない、それらしいものに巻かれた瞬間、安心の欠片もなくなっていることに気づいていない。

 

 

 

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Photo by Chiaki Toyozumi /Make up by Hiroko Kaneko

 

 

 

Throw definition away.

 

 

 

 
◉ 追伸 ◉

 

最近はTwitterにいることが多いです。
また、2月5日私が一番尊敬している、且つ最高の友人である石原舞がカンボジアから帰国して、一緒に都内でイベントを企画しているので、
会いたい方は気軽にご連絡ください。

この人間に会ったら、自分の中の何かが死んで何かが生まれる。絶対に、はじける。

 

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藤井みのり



 

この世界で、一番魅力的な人間。


誤解されることが多いからこの際書いておくと、藤井みのりという人間はメンヘラだ。一貫性ゼロ、決めたことは大抵守れない、早起きなんてもってのほか、根暗でネガティブで人の色に一瞬で染まって流されやすく、ほんの些細なことで死ぬほど落ち込み、ヲタクで腐女子で最近の沼はモブサイコ100、得意なことは人並みになく、主義主張もころころ変わるし、ずぼらで洗い物はシンクに溜めがち、貯金が苦手で友達も多くはない。……そんな人間。


そして私が魅力的だと思うのは、いつも「人間らしい」人だ。完璧に近い人もかっこいいと思う。憧れるし惹かれもする。でも結局、最後に行き着くのは、人間味のある人間以上に魅力的な人間はいないという結論。



 

カヤノヒデアキという人間に心底惚れ抜いているのは、そういう意味でこの人の右に出る人間にほぼ出会ったことがないからだ。どこまでも人間の弱さを愛し抜いているという意味で、こんなに強い人を、私は他に知らない。




いわゆる強い人を好きになるのは簡単だ。成功とか成長とか立派とか肩書きとか地位とか名誉とか安定とか右肩上がりとか先進とか完璧とか一位とか最大とか、そんな言葉はそれだけで輝いている。放っておいても吸い寄せられる。気付けば目が追っている。観念というのは、表面的なところで、無敵だ。あまりに綺麗で正しくて、それを否定する理由がこの社会のどこにもないからだ。


けれど、以前書いたように、人が本当に欲しいのはいつだって「弱さを愛してもらえる実感」だ。「そんなあなただから好きだよ」と言ってもらえること。元気のない時に、「元気なくてもいいんだよ」と言ってもらえること。背伸びしなくていいんだよって、素直な気持ちが聞きたいんだよって、弱音を吐いてもいい、愛されたいだけ愛されていいんだよっていう、絶対的に嘘偽りのない、安心感。





どれだけ成功を収めても満たされないとか。どれだけ賞賛されても自分を認められないとか。どれだけお金を稼いでも欲しいものが得られないとか。当然なんだ。それなのに、気付けばそれをまた追い求めて走り出している。分かってはいても、目に見えない何かが道を逸れることを許さない。頑張り続けることがカッコイイのだと、何かに認められることが正しいのだと、囁いてくる。観念の世界では、観念がいつだってルールになる。正義は、強い。



だから、それでもなお、そんな観念の世界を降りて、簡単に一時的な承認や賞賛の得られる薄っぺらい楽園を捨てて、人の人らしさを愛せる人が強いのだ。「だって人間なんだから、当たり前じゃん」って、正義を突っ返すことのできる人が格好いいのだ。観念に囚われない生き様を貫いて生きている人たちは、本当に美しいと思う。目がどこまでも、澄んでいる。





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Photo by Chiaki Toyozumi


 

弱さを否定するな。それは人間そのものの否定だ。
強さを肯定するな。それも人間らしさの否定になる。

それは、自分そのものの否定になる。





愛したいものを、愛したいだけ、愛していけ。






■募集 新春コアリング■


先日、「愛したいものを、愛したいだけ、愛する生き方」をベースにした
マンツーマンでのトークがとても良かったので、
3名ほど募集しております。

観念を捨てて、「生きている!」というリアルで、ただ生きていきたい方へ。



詳細はこちら▷新春コアリング

※再募集の予定は今の所ありません。




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藤井みのり





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「新年の抱負」と「お金の循環」という言葉の気持ち悪さ


明けましておめでとうございます。ブログの更新が滞るくらいには充実した年末を過ごしていて、クリスマスもお正月もどこか他人事のように過ぎていきました。というか他人事なんだけどね。なので今年は面白い一年になりそうだなと思っております。


先に言っておくとこのブログは矛盾だらけです。
以前にも「前はみのりさんこう言ってて、でも後半ではこう言ってるけどどっちなんですか」って聞かれたことがあるけど、もちろんどっちでもあるしどっちでもないです。気にしてる時点でアウトだってことだけ覚えておいて欲しい。






しばらくは「綺麗なベクトル」を打ち落とし続けていくなと思っている。先日わかりやすいなと思ったのが、「お金の循環」という言葉の気持ち悪さ。それそのものの言葉は現象としていいのだけれど、それが「したい」となると手がつけられない。ニュアンスで言えば、「結婚願望」という言葉の気持ち悪さに酷似している。

お金が欲しい、なら分かる。ウエディングドレスが着たい、それも頷ける。けれど、上っ面の薄っぺらい大義のない名分を振りかざして、人間があたかもウェディングのヴェールになりすましてるような気色悪さ。

結果だけを拾うなよと言いたい。雨が降っているのであって、川が流れるのであって、世界を循環させているのではない。それは風を吹かせたいのに、「桶屋を儲からせたいんです」と言っているようなもの。嘘八百ショーケースに並べてんじゃねぇよ。






何かを教えようとするのも、またこれと似た違和感を感じることが多い。答えなんてない世界に答えを据えるのはナンセンスの極みだと思う。だから、「世界はこういう風にできているから」的な話をする人を私は信用しない。それは私の口から私に向かって放たれる言葉で、あなたの口から私に向かってくる言葉じゃない。

だから、私がここに仮に「世界はこうだ」と綴ったら、それは私に言っているのであって、私の経験から私がその瞬間そう「感じた」だけのことで、一歩誰かの元へ歩み寄った途端消えて無くなる概念だ。

人の概念を生きるな、それは観念だ。空っぽだ。空っぽな人間は、もはや人間でもなんでもねーよ。






日本縦断中にお世話になった新井さんが、複数恋愛(という言葉も好きではない)について書いてくれている。

束縛や嫉妬のないパートナーシップは存在するのか?|新井由己|note


で、これを読んでもらった上で、私は「ポリアモリー」とか「複数恋愛」といった言葉を真っ向からぶっ壊していきたい(新井さんはこのニュアンスを汲んでくれると信じている)。

 

何ていうか、履歴書みたいなんだ。どれだけ分厚い履歴書を書いたところでその人そのものは再現できないように、どれだけその人をデータ化したところでその人が目の前に現れるのではないように(未来は違うかもしれないけど)、その因数分解は何の役にも立たない。何の意味もない。

だから、自分をタグ付けしていく作業に疲れるくらいなら、今すぐやめたほうがいい。自己紹介なんていらない、ただそこに立っていればいい。藤井みのりは藤井みのりに過ぎない。コラムニストでセックスレシピの作り方を書いていてコンサルやカウンセリングを時々やっていて起きるのは大抵お昼でカヤノヒデアキと一緒にいることが多くて好きな食べ物は肉で……と積み重ねたところで、それは言葉の羅列だ。何一つ藤井みのりじゃないんだ。

そんな空虚な時間より、一緒に言葉を紡がずとも、同じ景色を見れたらそれでいいじゃないか。



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取り止めがなくなってしまったけれど、あまりにバーチャルというか観念というか薄っぺらくてリアリティの「生きている!」という感覚が伴っていない生き方に溢れているなと思っていたから、そんなもの全て打ち落として、ただ自分が自分としてそこに立っているという生き方を今日もしていきたいなと思っている。

2017年も、同じ景色を一緒に見られたらいいな。



 

 

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幸せとか成功とか目指しただけ、愛から自分が遠ざかる。

 



いくつかのコミュニティにいると、真逆なことが起こる。でも、それらをすべて肯定したところでそれは、何もおかしいことはないと思う。どこかでは生きるのが楽しいという言葉を肯定し、別のどこかでは生きるのは辛いという考えに首を縦に振る。どちらも真実だ。それは八方美人だとか、他者に同調しているとかではなくて、ただ、自己矛盾そのものが、「自分」であるというだけのことだ。

人間は例えるなら多面体でできていると思うし、だから一つの主義主張はその一面を切り取ったものに過ぎないとも思う。相反する思想があるのが当然だし、そこにいわゆる一貫性や薄っぺらい自分らしさなんて求めなくていい。そんなに単純な生き物だったら私たちは二次元で十分だ。


毎瞬、場所で、出逢った人で、その他脈絡に合わせていくらでも自分は変わっていく。分かりやすい一貫性や主義、キャラクターを自分に強いて変化を否定するより、その場その場で、いくらでも自由に、一秒前の自分を裏切り続ける生き方がしたい。

 

sexrecipe.hatenablog.com

 

 



最近、とにかくベクトルを撃ち落としまくっている。

というのは、方向性を自分に持ってしまうと、上記のように自分を簡単に裏切れなくなるから。方向性というのは、別に「サッカー選手になりたいしサッカーが大好きだからサッカーを明日もやるぞ」というのを否定しているのではなくて、誰かの概念や正義を鵜呑みにして盲目的に邁進することを言っている。

 

 

 

分かりやすいところで言えば、「成功」。お金とか、社会的地位とか、肩書き、人から賞賛されるもの──そこにはある種の「正義」が伴う。それを生きた瞬間、人は、死ぬ。

 

 

 

昨日アメリカの友人と話していて、「日本人は正論やルールをとても大切にするよね。有名な話ではあるけれど、赤信号を日本人は渡らない。逆にアメリカ人は、赤でも車が来ていなかったら渡る。面白いのは、青信号で車が来ていた時に、日本人は渡るっていうところだよね」という言葉を聞いて、これ以上ないくらいに分かりやすいたとえ話をしてくれたなと思った。


正しいから、そうすべきだから、みんなそうだから、という論理は破綻している。それは決して理由にならない。けれどどこかでそういう生き方をしてしまっているように思う。

どうして成功したいのか。どうして大きくなりたいのか。どうして賞賛されたいのか。どうして稼ぎたいのか。どうしてそれを選ぶのか。どうしてそれを捨てるのか。それに純粋な自分の哲学を持って答えられないのなら、それは何一つ、自分の選択ではない。



だから、私は、幸せだけを追い求めるとか、ずっとこうであり続ける生き方だとか、愛だけを選ぶとか、希望や夢だけを語るとか、そんなのは真っ平ごめんなのだ。何故なら私は「人間」だから。多面的で自己矛盾を自己として毎瞬自分を裏切り続ける、そんな生き物だから。そういった綺麗なもの、言い換えれば「正しさ」を目指し続ける限り、それは人間を捨てて行くようなもので、それは結局愛する事から一番遠ざかっていく行為だから。





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「人間味あるよね」

という最近もらった言葉を、胸に大切に抱いている。





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「許す」という言葉が、私は大嫌いだ。



友人が神のようなツイートをしていた。
 




昨日は多治見でお話会をさせていただいたのだけれど、私は可能な限り自由に振舞わせてもらった。懇親会は途中で疲れたから抜け出して、会場の外にあるピザ釜で燃える残り火を見つめながら一人でコーヒーを飲んでいたし、そのあと連れて行ってもらった修道院でも、有名な像や建物には目もくれないで赤く染まった落ち葉で遊んでいた。私があの場で伝えたかったことはそういうことで、上のまゆさんが言いたいのも多分そういうことだと思っている。修道院から見えた山際に沈む夕陽がすごく綺麗で、一人でずっと眺めていた。


 

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 (こんな指輪がいい。一億円する、ずっと形の変わらない指輪より、その一瞬しか輝かない、すぐになくなってしまう、そんな指輪がいい。その方が、ほんとうに、嬉しいと思う。)




『弱さを愛する』というのが最近の私のテーマだ。愛する、なんていうと何か「素敵なもの」のように聞こえてしまうかもしれないけれど、「いいこと」でも「素晴らしいこと」でもなんでもなくて、ただあるようにあるということなんだ。無理しないっていうこと。期待に応えないということ。義務に準じないということ。できないことをしないこと。自分の中の何かと争ったり、外にある何かと戦ったりするのではなくて、つまり、『自分で在る』ということだ。

 




「自分を許すにはどうしたらいいですか」
「ジャッジしないようにするにはどうしたらいいですか」
「愛せるようになるには何が必要ですか」
「この現実の意味なんですか」



どうして何かに「なろう」とするんだろう。なるということは、自分を偽るということで、偽ればそれは争うということ。無理をするということだ。



何かにならんとしている時点で、それは違うんだ。だから、「許す」なんて平和づらした言葉を乱用するなよ。それは「争う」ということだ。やりたいことをやりたいようにやって、人生はお終い。意味も意義もノウハウも批判も解釈も、全部ぜんぶ、イリュージョンだよ。
 
 


Lady Gaga Performed Perfect Illusion Live in Tokyo (Piano Version) | 02.11.16




いいからさっさと生きろ。幻想は迷宮で答えもないけれど、自分の人生という真実はたった一つしかない。そして答えも、同じようにそこにしか存在しないのだから。





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