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セックスレシピの作り方

『あなた専用の、セックスレシピを。』セックスは「する」ものではなく、「つくる」ものだ。

正義のコミュニケーション

 

よく「身近にいる人5人を思い浮かべて、その人たちの平均収入があなたの収入です」というフレーズがあるけれど、それはお金に限った話じゃなくて、というかむしろ人間性においてもっと当てはまるような気がする。そう考えると、少なくとも私は悪い奴じゃないと思う。神様みたいな人たちばかりだし、時につまづいたりへこたれたりもするけれど、それも含めて、優しさでいっぱいだから。

 

というかこのフレーズだけが一人歩きしていることにとても違和感を覚える。まるで、お金でしか測っていないみたいじゃないか。いや、数字はわかりやすいのだけれど。でも、真理じゃない。必ずしも自分が平均身長でないように。というわけで、誰かの有名なフレーズなんてものはあまり役に立たない、占いみたいなものだ。

 

 

 

□正義のコミュニケーション

 

子供の頃は、言い争って喧嘩して時には取っ組みあったのに、翌日はケロっとした顔で一緒に遊んでいるなんてことはしょっちゅうで、なのにいつしか、一度ドンパチやるとそのあとが気まずい、なんてことになってしまったなと思う。

 

いつコミュニケーションを失ってしまったのだろうと思い巡らせたら、それは、正しさをそこに持ち込んでからだった。どちらが正しいか白黒つけ始めたところからだった。

 

どっちが正しいかなんてものをコミュニケーションにしていたらそれはもう人と人とのやりとりではない気がする。人の数だけある法律での終わらない裁定。白黒つけるはずなのに死ぬまで終わらないのは、完全無欠な法がないからだ。

 

そういう意味で、目には目を、歯に歯を、で終わらせていた時代のコミュニケーションは深かったんだろう、今よりもずっと。

 

意見や行為と人間性は全く別物だと知っているのに、言動を否定されれば存在を否定された気になるのは、自身に正しさを持ち込んでいるから。正しくないと存在してはいけないと自分に定めているから。

 

 

 

 

□わがままロール

 

我が儘(あるがまま)とワガママというやつについて、以前よく思案を巡らせていた。

 

それは比べるものじゃないというか、見ている次元がまるで違うから、答えが出ないのは当たり前だった。

 

あいつはワガママだ、なんて言っている時点で、そこにあるのはルールではなくロール。誰かに渡された脚本を知らずのうちに握りしめているだけ。

 

ルールはいつも自分から生まれる。人にどうのこうの言ってる時点でそこは舞台の世界であって、リアルじゃあなかった。

 

 

 人に興味を持たなくていい、それをここまで肯定してくれる記事はない。まゆさん、大好きです。↓

 

 

 

 

□立ち止まれない奴が走るんじゃない

 

自分のリズムというやつがある。自分のペースというやつがある。
それを乱すと大抵どこかに無理が来て、放っておくと次第に動けなくなる。

 

『無理しない。だから、無理じゃない』

 

というシャーマンキングの名言の中でも名言だと思っているフレーズの意味が、やっと最近少しずつわかり始めたような気がしている。無理な時ほど無理してしまうのが世間のペース。でも、本質は逆だ。

 

急いでいるからこそ、電車を降りる勇気を持つべきだ。

焦っているからこそ、正解を選ばない意思を持つべきだ。

生き急ぐからこそ、人生のレールを踏み外す決断を下すべきだ。

 

 

 

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最近は、「何かを良くする」ということに一ミリも興味を抱けない。

問題なんて何もない、正解を持ち込んだコミュニケーションほど薄っぺらいものはないと思っている。






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藤井みのり

 

 

 

 

本音とね、向き合って感じてる場合じゃないよ

 

最近は半日時間をずらして生きているので、朝陽を見てしばらくしたら眠りについています。夜の静かな空間の中で、文字を綴っている時間が、幸せ。

 

 

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■向き合って、深掘って、感じて・・・それで?

 

貫かないことを貫くのが信条なので、さっくり去年と真逆のことを言うよ。あのね、本音と向き合ってる場合じゃない。

 

そりゃあ時には胸に手を当てて感じることも必要だけれど、それは一瞬だ。一瞬で終わる話。確認作業。休憩時間みたいなものなのに、休憩8割動くの2割、みたいになってる。

大切なのは本音じゃなくて、それに則って何かすることでしょう。こう、健康な体でやりたいことをやりたいはずだったのに、いつの間にか健康であることが目的になって、やりたいことを我慢して健康ライフに没頭している、みたいな違和感を覚える。

 

 

本音が分からないんです──わかるわけないよ、安心して。

軸がないんです──そんなものどこにもないから大丈夫。

自分らしさが欲しい──うーん、どこに売ってるんだろうね。

 

 

石橋を叩くハンマーはどうすれば手に入るかをその場でうんうん言っててもしょうがない。渡りたいなら、さっさと渡れよ、ロンドン橋みたいになっちゃうよ。

 

 

 

 

■ほんとうにやさしい人

 

以前、元気のない時に、「早く元気になれよ」と言われるより、「元気がないときもあるよ、そのままで大丈夫だよ」という言葉をかけられる方が嬉しいよね、という趣旨のことを書いたけれど。

 

そのままで大丈夫だよ、という言葉も、嘘があれば伝わる。
そのままのあなたでいい、あるがままでいいと言いながら、自分が頑張ってるような人の言葉はとても薄っぺらい。酷く不協音になって響いてくる。

 

元気がない時に、何も言わず、当の本人が元気のない時に、「元気ないからしょうがないよね」ととことんダラけているような人の愛は深い。

 

言葉じゃない。生き様に、嘘はつけない。

 

 

 

 

■なんのために? なにを得たくて?

 

こんな言葉を投げかけてくる人がいたら、私は少なくともきっと、仲良くなれない。きっとその人は、前述のハンマーのことをじっと考えている人だから。私は一緒に橋を渡った先の景色を見たい人なので、堂々通り過ぎてお先に行かせてもらっている。

 

でも、この問いを自分に死ぬほど投げかけていたことがあった。根こそぎ打算的に生きていたときもあった。メリットのある方。有利な方。うまくいく方。安全な方。説明できる方。筋道通っている方。応援してもらえる方。

 

そんなことしてるとね、やりたいことがいつの間にか手の中から消えている。どこを探しても見つからない。

 

体育でいい評価をもらうためにかけっこしている子より、駆けることが楽しくてかけっこしている子の方が、仲良くなれると思ってる。

 

 

 

理由も動機もないんだ。でも、あってもいい。

そのために頑張ってもいい。それが得たいものなのだから。

自分の中でだけ筋道通ってればいい。考えなくても動いている。

だから、いちいちそんなものを聞かなくていい。駆けている子の足を止めてまで問いただすより、一緒に駆けてみたらいい。

 

 

一緒に、風を切るのは、きっと楽しい。

 

 

 

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(初めて、伊達眼鏡を買ってみた♡) 

 

歩いていて、駆け出したくなった時に、瞬時に駆け出せる人間でいたい。

 

 

 

 

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藤井みのり

 

 

 

圧倒的リアルをただ、生きていたい。

 

肩の力を抜いている。焦りもする。怖いと思うこともある。
けど、世界は優しいと、他でもない私自身が知っている。

世界がどうだなんて解釈も定義もいらない。
でも、私が今まで感じて、心が震えた数々の出来事は、ちゃんと覚えている。だから、大丈夫。

 

 

 

■逃げることは、生きることだ。



Facebookにさらっと書いた「逃げろ」という文が、予想以上にいいねをもらっていて、多分、もっと本当は逃げたいんだろうなと思った。

どう考えたって、逃げることは生きることだ。無理に何かに立ち向かえと言うのは、シマウマにライオンに向かって走れと言っているようなものだ。軽く言って、普通に考えて、死ぬに違い無い。

続けることがいいのでも、立ち向かうことがかっこいいのでもない。それは結果であって目指すものじゃない。それを履き違えると、同じように死ぬ目に遭う。
シマウマで言えば、逃げ続けてきたから走ることが早くなったのだろうし、こちらが強いなくても自ら率先して草を食む。同じことだ。好きだから描き続けていたら絵が上手くなっていた、好きだから綴っていたらブログが○万PVを超えていた、のであって、その逆をしたら、遠くないうちに私もあなたも、死ぬんだろう。

 

 

 

 

 

 

■世界は優しいのか、厳しいのか。

 

どちらも真実で、どちらも嘘だ。でも、私がこの25年感じてきたことが、私にとっての「世界」だ。

 

深夜目を覚まして、ふと去年の旅を思い出していた。鹿児島から北海道まで、ずっとずっと歩いていった。道中数え切れないくらいの人たちに会った。数え切れないくらいの優しさに触れた。何かを盗まれたことは一度もなかった。見ず知らずの人のお家で、温かいご飯をいただいた。晴れた日も雨の日も、目に映る景色は底抜けに美しかった。

この期間、親と大喧嘩したり、泣きじゃくったり、自分はやっぱりダメだと死にたくなったこともあったけれど、それでも目の間に現実は在り続けた。日が昇って、また沈んでいった。どんな日もすべてのものが流れていた。

 

優しかった、という言葉ではあまりに薄っぺらいけれど、そこで見聞きして触れたもの全てが、今の自分を作っている。人に優しくされたから、優しく出来る自分がいるし、地名を見れば、あの人元気かなって、すごく身近に思い出す。

 

今まで出逢ったすべてのものが、藤井みのりをかたちづくっている。それは、どんなそれらしい定義より、正解らしい言葉より、圧倒的なリアルをもって、私に深く深く、突き刺さっている。

 

 

 

 

■階段を下りていく生き方

 

数年前にヒデアキが、「階段を上った先に、本当の自分がいると思って一生懸命上ってきたけれど、違った。本当は、下って行った先に、『自分』がいただけだった」という言葉を紡いでいた。その意味が腑に落ち始めたのはとても最近だ。この人はすごいと、何度目になるかわからないため息を、またついた。いつも私の先にいて、そして離れることなく待っていてくれるから、私は安心して、私のペースで歩いていられる。

鳥取で、星を見上げて泣いた瞬間。多分その時の私は本当に何もなかったけれど、今死んでもいいと心から思った。生きていることが嬉しくて、同じ景色を見られることが幸せだった。私から、目に見える全てが繋がっているみたいで、駆け出したくなるような感覚。何もなくていい。生きているだけで、いい。

 

 

 

 

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 (今日福島から友人が来るので、3年前の福島での朝日の写真!)

 

 

 

星空と朝日を見に、今から歩いて海まで行ってみようかな。

 

 

 

 

◉ 追伸 ◉

 

最近はTwitterにいることが多いです。

前回告知させていただいた、2月5日(日)のイベントは残席1名となりました(ドタ参加歓迎!)。
石原舞には、絶対、人生で会ってほしいと思う、数少ない「人間」の一人。

 

 

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藤井みのり

 

 

 

 

ぶれない自分軸を作るんじゃなく、ぶれることを許せる自分が軸になる。

 

■違和感


去年の小さな違和感を拾い集めている。

昔より、たくさんの自分を抱えられるようになった。朝起きれないことを責め立てる自分。スケジュールがいっぱいでないと不安で仕方ない自分。何かをインプットし続けていないと気が済まない自分。結果を出し続けないと認められない自分。時間に間に合わない自分。それでも時折、取りこぼしてしまう自分が今でもいる。こんな自分は抱えていられないと、こんな自分は自分ではないと小さく糾弾してしまう自分がいる。

それは去年で言えば、自分で何かを構築しないといけない自分や、ニーズに応えることを優先する自分。お金を自分で何とかしないといけないとか、人より前に立っていた方がいいんじゃないかという自分。自分の美学を提示しなければダメだ、とにかく表現していないと、という自分。それと、どこかで尾を引いていた、誰かにとっての藤井みのり像との間を埋めていくことも。

 

 

 

 

■おねだり

 

年始でバタバタしていたこともあって、今月の生理記念日をすっぽかされていたことに気づいたので、しっかり文句を言ってみた。生理記念日には、ヒデアキはいろんなものをくれる。ケーキだったり、お寿司だったり、ご飯を作ってくれたり、私が嬉しい、と思うことを最低一つ、私にくれる。

今回は花束だった。お花をもらうのはやっぱり嬉しい。写真をパチパチ撮って、花瓶に生けた。息を吸い込んだら、優しい匂いがした。

 

 

 

 

■軸の話

 

私の哲学で言えば、軸を持ったら私が死ぬ、と思っている。軸を置くというのは、ベクトルを定めるということだ。それは価値観なら、「これはよくて、これはわるい」というようなものだし、方向性ということなら、それ以外の可能性を摘み取ってしまう。言葉で言うなら、そのものでなく言葉の概念を生きてしまうことになる。

 

まあるくいたい、と思っている。だから、いろんな色の自分を抱えていく。何かを大嫌いだと心底憎みきった自分も、何かが愛おしくて涙が止まらない自分も。大自然を駆け回りたい自分も、家の隅っこで小さくくるまっていたい自分も。強く刃を振るえる自分も、武器を捨てて手を取り合える自分も。軸なんてものは、自分に向けたそんな刀みたいなものだと私自身は思っている。

 

 

 

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「優しい匂いがした」

 

 


手帳を持ち歩かないと生きてゆかれないくらいの予定は、
手帳ごとゴミ箱に投げ捨てる。

 

 

 

 

◉ 追伸 ◉

 

最近はTwitterにいることが多いです。

前回告知させていただいた、2月5日(日)のイベントは残席1名となりました。
石原舞には、絶対、人生で会ってほしいと思う、数少ない「人間」の一人。

 

 

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藤井みのり

 

なぜ人生を「それらしいもの」にしたがるのか


最近、Facebookがとても気持ち悪くて開けない。
とても偏っているあの様が、とてもじゃないけれど受け付けない。


アンバランスなものが嫌なのだ。
ずっと日が昇っているような感覚になる。ずっと笑顔を貼り付けているような感覚になる。人間がいない。ヒトはいても、人間がいない、そんな感覚を覚えて、ほとんど開かなくなった。

 
■気持ちのいいものは。

私が心地いいなと思う人は、何かを隠したり恥じたりしていない人だ。いわゆる弱い部分やよくないとされている部分も余すことなくさらけ出して、それを何と思うことなく颯爽と歩いている人だ。投げかけられる声や行く先々の文言に悪びれることもなく、歩くことだけに生き生きとしている人だ。


つまり、綺麗すぎるものが嫌なのだ。




 

■集合写真的な生き方。

何をしているか、でその人のことなんか見ちゃいない。そんなもので人間は計れないと知っているから。

というかそんなもので見定めていたら死ぬまでその人というものが見えないで終わってしまう。私だって生まれた時は赤ちゃんやってて、そのうち学生になって、部活をやったりやらなかったり、一瞬勤めてみたけれど翌週には無職になっていて、それらしい肩書きはどれもしっくりこないし、寝ている時もあれば、こうやってブログを綴っていることもある。だから、「何をしているか」には、まるでその人を見る観点が搭載されていない。

私が好きだなと思う人たちは大抵何をやっているかよくわからない。私の理解の到底及ばないことをしている。例えばヒデアキなんて時々渋谷の交差点に便器を置いてみたりしているけれど、私はその行動の良さがなんらわからないし、恥ずかしくて一緒にやりたいとも思わない。信じがたい行動を日々彼はやってのけているのだし、そこで見ていたら人生を重ねることなんかめっぽう御免になってしまう。

 

それでいい。そこで見てしまったら、何一つ他人と何かを重ねることができなくなってしまう。「意味わからんこと相変わらずしてんなぁ」「私はそれ大嫌いだけどな」「馬鹿じゃないのかお前は」と言いながら横を歩いていられる関係が、私は、好きだ。

 

 



 

■中毒であれ。

 

依存とか中毒とかという言葉のネガティブさに私は中指を立てていたい。だってそれは、大好きのさらに大好きってことでしょう。最高じゃないか。

 

多分私はヒデアキに対して死ぬほど依存しているし中毒だ。そのくらい好きも尊敬も心地よさもカンストしている。例えばチョコレートも。最近はコーヒーも好きになった。綺麗な夕陽を見たら足を自然と止めてしまう。どれもこれも私の宝箱の中に入っている。

 

 

 

 

■人生とは○○である、を踏み倒していきたい。

 
人生を一般定義している奴が大嫌いだ。「人生ってこうじゃないですか」「世界ってこうでしょう」と言われた瞬間その場をそそくさと出て行くくらいには嫌なのだ。その人が自分の定義を持っているのは構わないのだけれど、それを誰かに押し渡した瞬間それは全く違うものになる。それはあなたの世界の話でしょう、と心の中で毒づく。

 

さっきの集合写真的なものがやはり嫌なのだ。各々で変顔してるならまだしも、みんながにこりと笑っている景色は、そこらじゅうに溢れている。世界は愛で廻っている、未来は希望で紡がれる、祈ることで世界がよくなる、幸せにしかなれないように出来ている、光を信じていきましょう、みたいな言葉の薄っぺらさよ。ハッピーエンドで塗り固められたディズニーランドか。(ディズニーは個人的に好きです。シー派です)


お前の世界はどうなんだ、とだけ突きつけて立ち去りたい。それらしい答えをもらって安心してる場合じゃない、それらしいものに巻かれた瞬間、安心の欠片もなくなっていることに気づいていない。

 

 

 

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Photo by Chiaki Toyozumi /Make up by Hiroko Kaneko

 

 

 

Throw definition away.

 

 

 

 
◉ 追伸 ◉

 

最近はTwitterにいることが多いです。
また、2月5日私が一番尊敬している、且つ最高の友人である石原舞がカンボジアから帰国して、一緒に都内でイベントを企画しているので、
会いたい方は気軽にご連絡ください。

この人間に会ったら、自分の中の何かが死んで何かが生まれる。絶対に、はじける。

 

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