セックスレシピの作り方

恋も、性も、私らしく。「自分をもっと大切にしたい」と思った時に読むブログ。

「みのりさん、はやく出て行って欲しい。」

 

ぶっちゃけ、自分がクソ野郎であるという自覚はとてもある。そのくらいには客観視出来るが、それを矯正出来るかといえばまた別の問題になってくる。兎にも角にも、嘘が吐けない。他人に吐けないのなら"正直者"とまだプラスの評価を貰うことも多々あるが、自分に吐けないとなるとこれ、マイナス評価の方が実は多くなってくる。"浮気者" "クソ野郎" "裏切り者"といった評価になる。

  

パートナーが居ても、他の誰かを好きだと思えばもう好きなのだ。歯車を止めるストッパーが存在しない。何かへの興味が首を擡げれば、隣に居る人間に構わず一目散に駆け出してしまう。過去は過去、今は今だから、言っていたことは卓袱台より早くひっくり返る。けれど台を返す側は相手だ。「言っていたことが違うじゃないか」「約束は守れ」クレームが飛ぶ。私だって、可能な物ならそうしたい。"初心貫徹"、地球上で一番憧れる四字熟語だ。

 

 

…けれど、それは叶わない。これはもう、私の性分なのだ。嘘を重ねたところで、最後は溢れて洪水になって、もっと大きな被害と瑕を残してしまう。だから、ある時から誤魔化すのを辞めた。怒られることは増えた。けれど、ややこしくはなくなった。恋人公認で恋だってセックスだってする。面白そうなことには二秒で足を突っ込む。その時から、やっと、人生が楽しいと思えた。生きる事は絶望だという瑕は、今も心の隅には残ってはいるけれど。

 

 

 

優樹(同居中の、分かりやすく言うと"彼女")と同居を始めたのは去年の春。彼女程懐と器の深い人間を私はまだ知らない。どんな弱さも受け止める、ステータスは攻撃力ゼロ包容力カンストといった具合。寂しいと言えば、「じゃあ仕事休もうか」と真顔で言う。決して無理をしない、どれだけ周りに怒られても。本当に大事な物を、大事に出来る人間だ。私にはとても真似が出来ない。

 

鬱に徐々になっていった一年、隣にヒデアキが居た。今も、そして死ぬまで、彼を一番愛しているのはおそらく変わらない。だから、あの日の決断を後悔はしていない。家を出たいと言った彼に、今は自分のペースで頑張りたいのだと告げた彼のその思いに、頷いたことを。寂しくなかった訳ではない。その後、コンドームを捨てながら涙を零したのも覚えている。それでも、彼の進むその背を押したかったし、その足を引っ張るのは一番嫌だった。時々会って、元気そうな横顔を見る度に、私の為に残らないで居てくれてありがとう、と思う。

 

鬱が徐々に回復していった一年、隣に優樹が居た。彼女を通して死ぬ程自己嫌悪を抱えた。彼女は何時だって弱さを見せられる強い人だ。彼女に癇癪を起こしたことも一度や二度でない。けれど、一度も彼女は怒らなかった。神様じゃないかと思う。そうして見守られながら回復して、今度は立場が逆になっていた。「自分のペースで頑張りたい、チャレンジしたい。だから、出て行きたい」。鬱の時に一緒に歩いてくれる程スローな彼女のペースは、チャレンジしたい私のペースと次第にズレていった。支えてくれた彼女を裏切るのかと、正しい私が始終私を責め立てた。年明けのある日、罪悪感と自己嫌悪で爆発した。それを全部受け止めてくれたのもまた、彼女だった。

 


「…みのりさんが大好きだから、一人になるくらいならもう死にたいかもしれない」

 


伝えた直後の彼女は、しばらくご飯がロクに喉を通らなかった。なんて酷いことを言っているんだという自覚はある。パートナーとして100人いたら、少なくとも過半数は私を嫌うか、病むか、気が狂うか、大喧嘩になるか、兎に角私は"クソ野郎"だ。私と住む為に実家に出て来たと言うのに、喧嘩したとか嫌いになったとかでもないのに、自己都合で離れさせてくれだなんて。私の周りは自由主義だけれど、そうでない価値観の方が圧倒的に多い。私が出来るのは、「ごめん」と「ありがとう」を繰り返すことだけだった。

 

 

 

 

一週間程経っただろうか、彼女がにこりと笑って言った。

 

「一人は寂しいけど自分は自分で自分の人生に集中する。出て行ったら油絵を描く。…だからね、はやく出て行っていいよ」

 

死にたいと言った彼女の前では必死に堪えていた涙が、この時ばかりは堪えられなかった。ごめんなさいより、ありがとうの方が、突き上げる物があるらしい。

 

 

 


抱き締めた彼女は、いつも通り私より少し体温が高くて温かかった。いつもワガママで周りを振り回す。その度に自己嫌悪が心の隅の瑕を抉る。けれど、私の隣に居てくれる人はどうしてか、それごと抱き締めてくれるのだ。絶望はやっぱりあるけれど、優しさもやっぱり同じだけあることを、思い出させてくれるのだ。

 

 


もう一人の彼女もまた泣かせて、けれど抱き締めてくれた話は、いつかまた今度。

 

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​───2020年は、私の中で大きく音を立て始めている。

 

 

 

 

 

 

みのり



 

"ありのまま"は、"いつも"じゃなくていい。



最後の記事から、約半年。



目に見える変化がなければ文字は綴れない。なぜなら文字は目に見えるからだ。目に見えない変化が沢山あった。特に鬱になってから。もう三年か、時間感覚も記憶もかなりバグっているので定かではないが、とにかく身動きが取れない日々が続いた。私の中では何かが刻一刻と変容していたのだろうけれど、それは言語になる前のものだ。私の認識の及ばない範囲だ。だから、この『セックスレシピ』を綴ることが出来なかった。


全てが吹っ切れた訳ではない。けれど、やっと方向が見えてきた。あとはもう行動あるのみだ。石の上にも三年とはいうけれど、三年もいれば苔は生す。だから体は重い。それを歩みながら一つひとつ剥いでいかなければならない。この三年の、言葉にならなかった何かを言葉にする日を、いつか迎えたい。




動けない時に必要なのは、当然ながら「そこにいていい」という許可だ。病の時に「休んでいいよ」というように。休むべき時というのはよくわからないけれど、少なくとも、動けない時は休まざるを得ない時だ。そういう時、外部からのそういった許可は本当にありがたい。なかなか自分から出せるものではない。つまるところ、「ありのままでいい」と認めて貰う環境に身を置かなくてはならない。だって、どう足掻いたところで、動くことがかなわないのだから。


けれど、やがて少しずつ動けるようになる。そうすると、当然ながらフラストレーションが溜まる。長期療養を経た退院間近の患者のように。自分を守ってくれていた揺り籠は、言い方がずさんだけれど、足枷になる。けれど足蹴に出来ないのが人間の心であり葛藤だ。恩を仇で返すような気がする。それに、欲求不満ながらも居心地がいい。可能なら揺れ続けていたくなる、墓場まで。けれどその揺り籠こそが、鉄のように重い。それに大して揺れる自分の心が、鉄のように冷たい。




自分のペースを保てるのは、自分だけだ。偶然同じペースの人間が居て、二人三脚を組めたところで、それは一時的な物でしかない。生まれてから死ぬまで同じペースだなんて、一卵性双生児でワンチャン、というところだろう。ペースが変わったなら、全てを変えることを余儀なくされる。──今年、私は身近な人達とのパートナーシップ全てを変える。行動範囲も変わる。住む場所も多分年内に変わる。




「私の為に生きる私でありたい。」



きっとものすごく当たり前のことなんだろうけれど、これが私にはなかった。その細かい話はまた後日言及したいし振り返りたい所ではあるが、その決意を形にする一年にしたい。ぶっちゃけ、怖い。二十歳の時に家出を決意した時のような緊張がある。あれは実家という枠組みから飛び出したけれど、今回は「藤井みのり」という枠組みを飛び出す。何度もアップデートをかけてきたし、大きく変わってもきたけれど、根本の根本からひっくり返るのだと知っているからこそ、足が震える。震えるからこそ、踏み出す。


だから、自分の背を押す為に、私はまたここに言葉を綴りたい。私自身の為に。自分が紡ぐ言葉こそが、誰のそれよりも自分を肯定してくれることを知っている。「 ありのままの 」じゃなく、" I wanna go "というベクトルで。ありきたりな言葉だけれど、「なりたい自分」になることが、逆説的に「ありのまま」でもあるのだから。


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これが、私のしばらくの目標だ。








みのり



私、わがままだなぁ。と思った時に読む記事


人生に、自分から語りかけるとしたら、
なんという言葉を投げかけるだろうか。

それが、私が次に選ぶべきものなんだろう。




完全に自由気ままに、自分勝手に、都合よく、生きてみたい。
突き詰めるとそれは不可能なのだけれど、それでもそれを100パーセントに近づけていきたい。


声を聞きたいからと電話を掛けて、飽きた瞬間に「またね」って。
興味のあること全てに頭を突っ込んで、興が冷めたら全てを捨てていって。
勝手に好きになって、勝手に愛して、勝手に放置して、勝手に思い出しては微笑んで。




一匹狼のように生きたいけれど、群れで生きる限りそうあれない、
そしてそんな狼どころではなく死んでしまうというジレンマを抱えて。





昔、ヒデアキの好きだった人が、「都合のいい存在って、いいよね」みたいに話していたことを聞いて、いいなぁと思ったのを思い出した。
本当に長く一緒に居られるのは、そういう遠慮一切ナシの都合のいい関係性なのかもしれない。けれど、サービスみたいなものではなくて、そこにはいつだって体温が宿っている、そんな関係性。


25
年の付き合いになる幼馴染とは、まさにそんな感じだ。
一度絶交して、また戻って、LINEが帰ってくるのは秒だったり、半年後だったりする。


いいなぁと思う。お互い好き勝手に生きているから、結果、「生きているなぁ」と思える。




自分が一番自分らしく生きられる場所を探すというのは、生き物としてのある種の義務なのかもしれない。




しがらみなんて、結局は自分が抱え込んでいるに過ぎない。
捨てたいと叫びながら、大事に大事に抱きしめている。


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ふらっと思い立ったように一人で海外へ行って、
誰も何も私を知らないところで、ひょっこりと顔を出す臆病な自分が、
多分、自分の一番の理解者なんだろうな。



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嫉妬に苦しまなくなる距離感の取り方


嫉妬できる人ってね、"諦めてない人"なんだよ。



元来自由主義で、ヒデアキとの後半はいわゆる自由恋愛主義(パートナーを一人に縛らず自由に恋愛やセックスをする)で来たけれど、その後真逆に振り切って、結果、嫉妬しいな相手とばかり恋愛をすることとなった。

結局のところ、やっぱり、私から嫉妬心が擡げることはあまりない。だから心の底から共感することはできないけれど、そんな恋愛をいくつも重ね合わせていくうちに、「嫉妬心(そして嫉妬しがちなパートナー)との上手な距離感の取り方」が少しずつ見えてきたように思う。




今現在、一緒に住んでいる女の子と、そして遠方に住んでいる子と、二人に心が揺れる状況な訳だけれど、どちらも嫉妬しいのタイプだから初期は大変だった。どんなに心を尽くしても時間をなるべく傾けてみても、体は一つしかないのだから、片方しか立たない状況になればもう片方が妬いてしまう図式に些か疲れもなくはなかったのだけれど、それがゆっくりと変わっていったのが面白かった。


あなたが何を考えているか分からない


同居している方の子が、ある日手紙を書いて書いて置いておいてくれた。「(みのりが)何を考えているかわからないのが不安だし、なんだか気まずい。だからね、先に自分の思いと考えを打ち明けるね」この書き方は素直にすごいなぁと思った。そして綴られていたのは、「こうしてくれるのが一番嬉しいと思うし、これは負担じゃないし、だからこういう距離感が心地いいんだ」ということ。

そこに愛情があるかないかも大事ではあるけれど、時にそれ以上に、「愛情表現」の方が大事だったりする。どれだけお互いを思い合っていても、真逆の表現を選べば関係は瓦解していく。恋愛は、相手の表現を理解して受け入れていく物語だ。 そういう意味で、芸術的だなと思う。


文字列で思い出したけれど、岡本敏子『恋愛芸術家』という本が好きだ。あの二人は、それを理解しあって、マジョリティではない距離感で、二人の間を紡いでいったんだと思う。


今でこそノンセクとかアセクとか、それこそ自由恋愛やポリアモリーやそんな「距離感」を表す言葉がいくつも出てきたけれど、そしてマンツーマンの恋愛や異性愛もそのカテゴリの一つに過ぎないという認識が少しずつ浸透していっているけれど、ぶっちゃけ全てが違った距離感なのだから、名前なんてつけられない。心地いい距離が1.23mの人がいれば54.6cmの人もいるわけで、その全ての数字に名前を与えようとしているのだから、馬鹿馬鹿しいというヤツだ。

同居している子に対してだって、彼女という言葉は全然違うし、パートナーもしっくり来ないし、けれど友達でもないし。私がふにゃっと出来て、ご飯を一緒に食べるのがすごく楽しくて、ベッドの上では時にマスターで、深く包んでくれるけれど時にイラつくほど子どもで…なんて連ねて行けども終わりがない。"そういう距離感"で、一緒にいるというだけ。強いていうなら、友人の言葉を借りるなら、「すごく大切な他人」なんだろうと思う。


大事にしてくれている、という実感


嫉妬の話に戻るけれど、その互いの表現を理解していく中で、「どうされれば自分は大事にされているか」もちゃんと伝えなければならない。ある人は構ってくれること、たくさん気にかけてくれることなのかもしれないけれど、私にとっては放って置いてくれること、自由にさせてくれることでもある。


遠方の子が「本来なら嫉妬に狂ってるはずなのにいい状態でいれているのは、ちゃんと愛されてる、大事にされてるってお前が思わせてくれるからなんやろな」と呟いた。まだまだ理解出来ていないところはたくさんあるけれど、少しずついい距離感になってきているのかなと思う。そしてその距離感なんて日々変わってゆくものだし、二人とも気分屋だから、そこを確認し続けることは怠っちゃダメだなと思う。


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愛して欲しい、大事にされたい。それは少なからず誰しもが持っている願望 思うけれど、「じゃあ具体的には?」を答えられないと、距離感がうまくゆかない。結果、思い合っていても、反りが合わないと感じてしまう。


付き合い始めた当初、不安がる相手に「私にとってセックスは恋愛においてすごく大切で、だからこう言ってしまうとアレだけど、セックスさえしてくれていたら、ああ私愛されてるなって思うし、私だから大事にされているんだって思える」と言ったのを思い出す。自分でも極論だったなとは思うのだけれど、それを聞いて彼女はすごく安心したらしい。わかりやすい指標だったから、「そこだけは一番大事にしよう」と決めてくれたのだそうだ。


相手が何を考えているのか分からない時、補う想像で不安になる。「具体的にする」というのは、自分が思う以上に、相手を安心させる行為なんだろう。どれだけ思っても根本的には分かり合えない他人だからこそ、愛とか大事にするとかそんなふわっとした言葉で終わらせないで、行動ベースで伝えることが、結果として愛したり大事にしたりすることになると思うのだ。



そして冒頭に戻るけれど、嫉妬があるということはまだ適切な距離感でないというサインなのであって、そしてそれをもっといい距離にしていきたいと諦めていない証だ。だから、嫉妬心が擡げたなら、「何を具体的にどうしたいのか」にフォーカスしてみるといい。もちろんそれが現実になるかは状況や相手によるけれど、それを伝えること自体が、相手を大事にする、愛するということなのだから。



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自分の価値を自分で決めるには、具体的にどうしたらいいのかという話。


私は、私という人間と残りの人生に、どのくらい期待してるんだろう。


やはり最近のテーマは「期待」だ。自分の足で歩んできたつもりで、気付いたら方向がずれていることは多々ある。それはそれでいいんだ。立ち止まるたびに、自分の気持ちを確認する。10年前と同じことでまた悩んだっていいんだ。「友達と喧嘩しちゃった」だなんてきっと死ぬまでぶつかることなのだろうし。

それを"クリア"したつもりで、立ち止まりもせずに誤魔化したまま進んでいる方がダサい。そもそも"課題をクリアする"というのがダサい。同じ課題だって、立っている場所が違えばその意味は全く違うものになるのだから。いいじゃないか、何度同じ問題を解いたって。本当に解きたくなかったら、ぶつかってすらいないと思う。


どうしようもなくなったら、這いつくばってみたらいい。



長野に行って、山遊びをしてきた。川は死ぬほど冷たくて、渡った先は死ぬほど急勾配の土に木々が刺さってはその岩肌と土砂を大きく支えていた。


「あの上の景色が見たい」


登り始めたけれど、傾斜のせいでロクに歩けなかった。もう色々かなぐり捨てて、四足歩行でよじ登った。掴んだ岩が割れてゴロゴロと下へ転がっていった。木の根っこに全体重を掛けて移動した。身体中が傷だらけになったし、服はドロドロだ。

何度も「もうここらで妥協していいんじゃない」という大人の私が諭すのだけれど、「あすこまで行ってみたい」という子ども心でどんどん登っていった。たどり着いた先は、一緒に来た人達なんて見えない、まるで私一人しかいない空間だった。何も気にせず横になって、めちゃくちゃに歌った。酷く気持ちよかったのは、「私だけが私にした期待に応えた」からだった。

坂道は上りより下りの方が難しい。「コレどうやって下るんだよ…」と膝と共に笑った。途中何度が「あ、死ぬかも」と思った。その「ヤベェ」感も、ドキドキしながらも心地よかった。時に真逆に振り切った方が早い、ということはあるけれど、この場合はまさにそれだった。別に生きていても、と普段は思うのだけれど、この瞬間だけは、「何クソ」と思って滑り落ちながら木の根元にしがみついた。私が時々ヤバイ方に振り切る(振り切らざるを得ない)のは、多分、こういう構図が自分の中にあるからなんだと思う。


他人の期待はいつだっておまけだ。



という言葉を、いつも人生立ち止まった時に冷静に客観的にそれでいて温かい言葉をくれる齋藤俊介さんが、話してくれた。

今年は、とにかく自分の世界を広げるために、やってみたいことを次から次にアホみたいにやってみる、という決断を促してくれた人だ。回り道を進むことに焦る私の背を押してくれた人だ。


自分の価値を認めてくれる人。自分を必要だと言ってくれる場所。もちろん生きていく上でそれは大抵の人にとって必要だ。けれど、それを先に選んでしまうと、段々磨耗していく。自分の期待が知らぬまに他人の期待にすり替わっていることに気付かないまま進んでしまう。自分から溢れたものではないから、エネルギーが枯渇してゆく。


自分の幸せの基準は、自分にしか分からない。自分の価値も、どれだけ周囲が褒めてくれたって「私なんて」となってしまうことがあるように、自分から定める定規が必要だ。そういう意味で、他人の期待の介在しない世界で、一度生きてみる必要がある。だから私は、今年は好き勝手生きてみようと思う。


新しい自分に、モノを通して出会う。




新しい出会いは、初めましての自分に出逢わせてくれる。けれど、自分だけの期待に集中して生きたい時、時にそれは枷にもなる。


彼女が(正確には彼女という関係性はやめたのだけれど、これはまた別の時に)、「このカップソーサー、めちゃくちゃ惹かれるけど多分使いこなせない」と、とあるお店で零した。真っ白でピカピカで真珠のように輝くそれは、今までみたいに珈琲を飲んだ後半日置いたまま、なんてことをしたら一瞬で汚れてゆくだろうし、研磨剤とかハイターとか使いたくない作りをしていた。


「使いこなせないから買うんだよ」反射的に、そう返していた。昔、シャネルを買ったのを思い出した。あれは間違いなく、使いこなせないから買ったのだ、同じアドバイスの元で。小さすぎて何も入らない、だから何も持たない自分にならざるを得なかった。無駄すぎるからこそ、無駄を愛する自分にならざるを得なかった。


sexrecipe.hatenablog.com

 

彼女は購入を決めた。きっと、机の上は今までより綺麗になるだろう。食器棚はすっきりして、本当に気に入った食器しか置かれなくなるだろう。もしかしたら食器棚ごと変わってしまうかもしれない。


使いこなせないものを買うと、使いこなせる自分になれる。オススメだ。





長野へ行って、初めてたくさんのホタルを見た。あまりに幻想的で、生命的で、ずっとずっとそこに居たいと思った。

初めての釣りをした。時間が一瞬で過ぎていった。釣れなかったけど、プロセスを楽しむ自分にもっとなれるだろうなと思った。

燻製機を買ってみた。せっかくお酒が好きなのだ、もっともっと食べ物に向き合える自分になれるといいなと思う。

オーブンで出来る陶芸セットを買ってみた。自分が幼い頃から陶芸が好きだったことを後から思い出した。高校生の時、進路面談で「…陶芸が好きです」と勇気を出したけれど、親と先生に軽く一蹴された時の気持ちを思い出した。あの時の私が私にかけた期待に、10年以上経ってしまったけれど、応えたいと思った。



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もう一度、自分に問うてみる。

「私は、私に、そしてこの人生に、どのくらい期待してる?」



年内に、海外に住んでみたいな。




P.S.


Special Thanx! ▽

ゲストハウス 街宿MILLE – ベッド&シャワー。素泊まり、セルフサービスをベースにしたお宿です。安価に快適にご利用頂けます。


長野の伊那ではお世話になりました!

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