セックスレシピの作り方

『あなた専用の、セックスレシピを。』セックスは「する」ものではなく、「つくる」ものだ。

自分をどうしても、どうしても愛せなくなった時に。


自分を愛する──それはこのブログの一貫したテーマだと思う。初期のセックスメインの記事も、それからの変遷も、最近の公三角関係も、このテーマに沿わない記事はここには殆どないと思う。ここは私のために私が綴る言葉の源泉であり掃き溜めであって、それ以上でもそれ以下でもない。だから、言い換えれば、私が私に投げかけ続けていないと死んでしまうライフテーマそのものが、「自分をいかにして愛するか」という、その一点に尽きる。




何を以って自分を愛したことになるのか。そんなの、きっと金星に行って訊いてみたところで分かりはしない。自分でそう思えたらいいのかもしれないけれど、一瞬一瞬変わってゆかざるを得ない人間にとって、それは途方もなく難しい。だから何度でも立ち止まるし、途方にくれるし、泣き喚きもする。


もしかしたら、私が一番私を肯定できていたのは「本音で生きる」と言っていた頃だったかもしれないけれど、そんな一つの枠組みも、しばらくすれば合わなくなってくる。大人になれば洋服のサイズはそうそう変わらないけれど、変わりに価値観や判断基準の衣替えが忙しい。一年に四回じゃきかないかもしれない。

それで私は、またいつものように立ち止まって、合わなくなった服を手に、ぐるりと周りを見渡した。
 

 




人間の、途方もない、弱さを見た。


今回そこに足を踏み入れたのを、偶然だの必然だの言う論議に、さして価値は感じない。だけど、きっと私の生き方は少なくとも、そのラインのすれすれのところで立ち続けている気がする。そこでしか見えない風景を見ていたいのかもしれない。駈け出す勇気がないのかもしれないし、もしかしたら、本当は足そのものがそもそもなかったのかもしれない。



気付けば、気力が底を尽きて、メールの返信が滞るようになっていた。ただでも起きれない三度寝常習犯が、寝ることメインの五度寝野郎になっていた。そのうち疑心暗鬼と呼ばれる鬼が心のどこかに住み着いて(普段も時々遊びには来るけれど)。音や声に耐えられなくなった。徒歩3分のカフェに行くのが富士登山、電車も数駅が限界で、サングラスとイヤホンなしには外出出来ず、夜中に静かに吐いていた。死ぬことに関して日々考えるのは長い日課だけれど、なんと一日半分ほどの独占市場になっていた。動悸も涙も、完全にアウト・オブ・コントロール。……でもその頃の記憶は、あまり私にはないけれど。


あるラインまでは、自分を愛することは、基本的にいつだって可能だと思う。でも、絶対じゃないのだと知った。地軸がひっくり返ってもそれを為し得ない場所があるのだと、今回身を以って痛感した。

その時はもう、誰かに代わりに愛してもらうしかないのだ。掛けてほしい言葉を、もう一つの口から言ってもらうしかないし、大事にされるしかない。それを甘えだと言ってもいいけれど、昔の私はそう言ったかもしれないけれど、一つまた心象風景が増えた今現在の私としては、「いいじゃない、代わりに誰かに愛してもらいなよ」と、心静かに言ってあげたいと思う。



矛盾。それは途方もなく美しいのだと思う。自分の中にある相反する感情も、敵対する何かに抱く愛情も。決意の上での揺らぎとか、許した上での怒りとか。私の見たい世界というと仰々しいけれど、私が生きてゆく上では、そういう世界でないと駄目なんだとはつくづく思う。




氷炭相容れずとは言うけれど、
どちらもこの世界にはあったりするし、
冷たいビールで炭火焼きを流し込むBBQは楽しかったりするのだし。


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(鮮やかな薔薇と温かい言葉をありがとう、まさ姉!)


 



矛盾を肯定する、物語を。
そこから生まれる、世界観を。

そしてかたち作られる、世界そのものを。





自分を愛せないとうことそのものが何より、自分を愛することなのかもしれない。







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Words Warm the World.

 





藤井みのり




 

「ものがたり」を選ぶ、生き方。


バルセロナに飛び立つ前。旅に出ることを、この世界でたった二人にしか打ち明けていなかったうちの一人、石原舞が、電話越しに言った。
 

 

 

 
この人間は、三度の飯より「感動」を食べて生きている。けれど、その量の差はあれど、人間誰しも、心が動いてこそ生きているところはあると思う。


そして、人の心が動くとき、そこに必ず、「ものがたり」がある。








『なぜみのりは、クソ行きたくないスペインにしかも一人で行ったのか』


石原が、私が帰国するときに書いた記事の見出し文。

 

そうなのだ。スペインはいつか行ってみたかったけれど、間違いなく「今」じゃなかった。鬱で家から出るのも大変な「現状」においてじゃなかった。数時間の移動でもお尻が痛くなるのにも関わらず、じゃなかったし、ましてや、働けないこの状態で、有り金(しかもいただいたお金)全部突っ込んで、明日からどうやって生きていくんだ──っていうタイミングでじゃあ、なかった。




……だから、行った。

それを一言で言うならきっと、「その方が、ものがたりとして、面白いから」なんだろうと、あとからそっと結論付けた。
 

 

 



自分が感じた世界、それが自分にとっての世界観になる。
 
例え親や周囲から世界観を教わろうと、自分が体感したそれが上回るように、自分が今まで見て聞いて触れたものがその根底に息づく。そして、そこから世界(人生)が形作られる。


世界を変えることはできないけれど、
世界観を変えることはできる。

そうやって私は生きてきたし、世界観を変えたその人が見た世界を、一緒に見るのが好きだ。

 


だから、こうして、ものがたりを紡いでいる。それがきっと、私の仕事なんだと思う。





さらにスペインに着いた翌日、クレカが使えなくなることとなった。ただでも鬱なのに普通に泣いた。泣きながら石原に電話をしたら笑われた。

結果として、そこからいろんな人達のお陰で、一生で忘れられない経験をさせてもらったものだから、ものがたりとしては更に劇的なものになったし、私の心は揺れに揺れて、温かくなった。もちろんそれは、結果論だけれどね。

 

 

 

 

別に、ものがたりを生きろとかは言わないし、私自身に強制もしたくないけれど、その方が、自分も、周りも、心が動いて、感動が生まれて、より生き生きと生きて行けるのだろうなと思った。そういう意味で、貯金すっからかんにしてでも、行かない山ほどの理由を蹴散らしてでも、行ってよかったなぁと思う。


「お金は裏表両方使いなさい」という、顔は知らない祖母の言葉が、どこかでリフレインしている。

 

 

 

というわけで、皆のお陰で少しずつ元気になってきている私は、
またいろんなものをまた脱ぎ捨てて、

「愛したい人を、愛したいだけ、愛したい」
「大事にされたい」

二つを叶える、その先の旅に出たい。


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私のための、
あなたのための、
そして誰のためでもない、ものがたり。






みのり




「自分を生きる」ことの、その手前にある何か。


バルセロナで何が最高だったかって、大好きなチョコレートとコーヒーが美味しくて安くって可愛くって、更に猫舌にぴったりの温度で出てくるものだから、あすこにはいつか住めたらいいなと思っている。

 

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文字にするほど、行間は消えていく。だから、あたかも皆が常に英断を下しまくって、困難をインスタントに乗り越えて、ハイライトが人生そのものみたいに生きているように錯覚してしまうことって、あると思う。

でも、そんなことはない。ただ、あなたに伝えたいことにスポットを当てると、どうしたってそれ以外は見えにくくなってしまうんだ。




「自分がやりたいからやりました」と言い切れるかどうかだと、以前友人が言っていたのを聞いて、格好いいなぁと思ったし、時々胸に手を当てて考えたりもする。

けれど、そもそも「やりたい」と純粋に思える瞬間はそうないと思う。白黒はっきりしていたら、きっとのこの世界はモノクロだ。「やりたい」と思う、湧き上がってくるまでのラグ、それこそが、自分にとっての「ものがたり」なんだろう。


人には見えない、自分だけの、優しく繊細なものがたり。

 

 

 

もし、悩んだ時の私に今の私がかけられる言葉があるとするならば。「立ち止まる時は、単にその先をイメージしているだけなのだ」と言いたい。

この仕事を続けた先に何が得られるのか、
この関係を続けていけるのだろうか、
これを選んでお金は大丈夫なのだろうか。

未来観測をしているだけなのだ。そして、いつしか観測に疲れしまって、えいっと適当に決める。どれだけ考えても答えが出ないというのは、むしろ自分にとって好都合なのだ。だって、諦めるから。そして適当に、コインを投げて裏表で選ぶくらいにいい加減に、その場のノリで道を選ぶ。……その先が新しいことは、ある程度面白いことは、端っから百も承知だ。だからこそ、進む前に立ち止まるという矛盾。

 

 

 

 

観測を無理にやめなくていい。多分、人生からその時間を奪ってしまったら、せっかく持ち合わせている想像力というやつを使わずに終わってしまうのだろうし、小さなイメージの中のパラレルワールドを覗き見ることもできないし、あと、純粋に、人生が余ってしまうのだと思う。きっと。

 

 

 

 

ずうっと、触れることのない海の底を思い描いて。
浮かび疲れたら、静かに沈み潜ってゆく。


想像と体感の差は、もしかしたら、どこにもないのかもしれない。




 

 

P.S.

サグラダファミリアのPolcaに支援してくださった方でメールをくださった方に、お礼の「サグラダファミリアものがたり」を送らせていただきました。


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届いていない方は、お手数ですが、sizennooto@gmail.comに「サグラダファミリアものがたり」と件名に記載して、メールをお送りください。写真の入った行間のものがたりと、大好きな作家であり友人ピヤジの、サグラダファミリアのイラストをお送りします。





みのり

 

 

 

ほんとうに「優しい」人間でありたい


見えるものしか見えない人がどうしてこんなにも日本には多いのだろうと、旅のはじめとそして終わりに、思った。







自分の性格の悪さに申し訳なさすぎてベッドで丸まって泣いたのだけれど、真実なのだから仕方ない。


SNS見れねぇって、言ってるじゃん。メッセージもLINEも返せないって言ってるじゃん。
通知が来るだけで疲弊していくし、一度頑張って返信をしてみたら、あまりに疲れてその日何も動けなくなってしまった。



「頑張って」「這い上がってこいよ」、何様なんだ。
そして人によっては、終いには「何で返信くれないんだ」と言いだす始末。



キンコンの西野さんが何かで書いてた、千羽鶴を送られてきても実際は迷惑なんだとか、差し入れを貰っても捨てるしかないというその「ありがた(いどころか百倍くらい)迷惑」を食らっている。

私を、勝手にあなたのお祭りの山車にしないで。






普段だったらそれを華麗にスルーしたり、ネタにしたりも出来るんだろうけど、如何せん自分が自分を保っているのに精一杯なので、「何でこんなに酷いこと出来るんだろうか」と、「応援メッセージ」を見て涙が零れた。


自分本当にクソだなぁと思って震えながら丸まるのだけど、やっぱり思ったことは事実なのだ。






とはいえそれを凌駕するほどの優しさを頂いて、何とか今日も生きていられる。


宿のない私に、日本から宿を手配してくれたばかりか、スペインらしいものを食べて、そして楽しんで、とカサ・バトリョのチケット、そして死ぬほど美味しいパエリアがデリバリーでルームに送られてきて、泣きながら食べた。


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(本当にありがとう、Natsumiさん……!)

 




それから、Polcaを通じて私をサグラダファミリアに連れて行ってくれた方々、本当にありがとう。あの時の感覚と今回の旅の話を文字に書き起こしたので、もう少ししたら送ります。支援くださった方、連絡先がわからないので、「サグラダファミリアものがたり」と書いてメール(sizennooto@gmail.com)をください。


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(優しさがどんどん上乗せされていくのが、ほんとうに嬉しかった)





ほんとうに心から私を支えてくれているラムピリカ千秋さんが、私が鬱になってから窓口になってくれているので、もし何かあったら、千秋さんに伝えてもらえたら嬉しいです。(千秋さん、ありがとう)

naimachiaki.hatenadiary.jp








優しい人でいたい。
その人の痛みに、ただ黙って寄り添える人でいたい。






P.S.

帰国翌日の2/3のお昼過ぎ、会えたら東京で会おう。死んでたら行けないけど。
詳細は石原(flyhigh.map@gmail.com)に連絡してもらえたら……!▼









藤井みのり







拝啓、鬱になりまして。

 


この3ヶ月、ブログもSNSもLINEも殆ど開いていない、というか開けなかった。
(まだしばらく開けるほど元気になるのには時間がかかるので、どうか気長にお待ちください)


散々言ってはいるけれど、元来根暗で陰キャでネガな私としては、鬱になったから何かが新しいというより、「持病の鬱が悪化しました」という方が、とてもしっくり来ている。

 

 


鬱になった原因がどこを探しても見当たらない。色んな人に何があったのかと問われても、何一つそれに答えることが出来ない。

きっかけを見つけたらそれを取り除きに行けるというのに、一向にそれが出来ない ── でいたのだけれど、一昨日、やっとそれが自分の中で言語化できたので、こうして実に数ヶ月ぶりに愛すべきブログを開いて書き込んでいる。

 

 

 

「可能性が潰えた」

 

一言で言えば、こうなのだ。

私の人生、少なくとも記憶している20年ほど、振り返れば「可能性を潰していく」人生だったなと思う。幼少期から抱いているこの鬱々とした気分、生きることにびっくりするほど消極的で、自分が大嫌いで、自信もなくて、並べれは百も二百も陳列できるけれど、だからこそ、とにかく生きる情熱を取り戻すための人生だった。


「20歳になる前には死のう」と小学生の時に誓っていたくらいには、生きていることが苦痛。生きる上での(精神的含む)費用対効果が高すぎるというのか。でも、それでも出来れば人並みには「イキテイテヨカッタナ」という人生を歩みたいとは思っているから、そう思えない原因と思われるものを一つひとつ排除していった。


中学受験に打ち込んだこと、部活での青春チャレンジ、大学から飛び出したこと、このブログもそうだし、家出や起業、お金を稼ぐことから二次創作まで、今まで「やってきたこと」は私にとって、「なんとかして生きる情熱と積極性を取り戻したい」その一心が、根底にあった。だからこそ頑張れたのだし、ナニクソ精神でぶち当たっていった。




 

……のだけれど。

私の中で考えうるその「可能性」を、全てしらみ潰してしまったらしい。だから、何かがきっかけで鬱になったのでなく、ベクトルが逆なのだ。何も無くなってしまったから、元来の鬱が表に出てきてしまった、と言う方が、びっくりするくらいに、正しい。

 







また詳細は書かせていただくけれど(いただいた手紙を読む気力がまだないので、お礼が言えない)、この数ヶ月、千秋さんが窓口となって、多くの人の愛で生かしてもらっていた。働くどころか家からほぼ出れず、とうにお金なんて尽きてしまったから、それがなかったらとっくにのたれ死んでいたと思う。


naimachiaki.hatenadiary.jp(この記事もちゃんと読めてないんです)




そんなお金で死んだように生き続けて、年が明けて半月した頃、「私を生かすために貰ったお金を、こんな死んだように使っていていいんだろうか」とふと過ぎった(ほどには以前より元気になった)。

そしてふらふらとパソコンを立ち上げて、私が一番怖いことに使うべきだという、私の中の、どうにかして活路を見出さんとする小さな私が、勢いで、残っているお金全てと引き換えに、三日後の航空券と宿を押さえてしまった。


 

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という訳で、今私はSpainはBarcelonaにいます。

私の人生もTakeOFF、情熱の国で生きる情熱を再び灯して無事に帰国 ── というシナリオを描いてはみたけれど、そうは問屋が下ろしませんでした。笑



昨日今日と更に追い詰められて泣き暮らしているのだけれど、友人に引っ叩かれて背中を押されて、これを作るだけは、作った。(今の私にはこれが限界──!)

 

t.co

 

今回のトラブルをPolcaとしてネタに出来るくらいには励ましてくれた友人達に、心からの感謝を込めて。こんなに泣きながら電話をしたのは、人生でもうないんじゃないか(と思いたい)な。




そして、ちゃんと受け止められるくらいに元気になった時に、改めて、お礼を言わせて欲しい。この数ヶ月、私のことを少しでも考えてくれた、あなたに。






みのり