セックスレシピの作り方

恋も、性も、私らしく。「自分をもっと大切にしたい」と思った時に読むブログ。

私、わがままだなぁ。と思った時に読む記事


人生に、自分から語りかけるとしたら、
なんという言葉を投げかけるだろうか。

それが、私が次に選ぶべきものなんだろう。




完全に自由気ままに、自分勝手に、都合よく、生きてみたい。
突き詰めるとそれは不可能なのだけれど、それでもそれを100パーセントに近づけていきたい。


声を聞きたいからと電話を掛けて、飽きた瞬間に「またね」って。
興味のあること全てに頭を突っ込んで、興が冷めたら全てを捨てていって。
勝手に好きになって、勝手に愛して、勝手に放置して、勝手に思い出しては微笑んで。




一匹狼のように生きたいけれど、群れで生きる限りそうあれない、
そしてそんな狼どころではなく死んでしまうというジレンマを抱えて。





昔、ヒデアキの好きだった人が、「都合のいい存在って、いいよね」みたいに話していたことを聞いて、いいなぁと思ったのを思い出した。
本当に長く一緒に居られるのは、そういう遠慮一切ナシの都合のいい関係性なのかもしれない。けれど、サービスみたいなものではなくて、そこにはいつだって体温が宿っている、そんな関係性。


25
年の付き合いになる幼馴染とは、まさにそんな感じだ。
一度絶交して、また戻って、LINEが帰ってくるのは秒だったり、半年後だったりする。


いいなぁと思う。お互い好き勝手に生きているから、結果、「生きているなぁ」と思える。




自分が一番自分らしく生きられる場所を探すというのは、生き物としてのある種の義務なのかもしれない。




しがらみなんて、結局は自分が抱え込んでいるに過ぎない。
捨てたいと叫びながら、大事に大事に抱きしめている。


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ふらっと思い立ったように一人で海外へ行って、
誰も何も私を知らないところで、ひょっこりと顔を出す臆病な自分が、
多分、自分の一番の理解者なんだろうな。



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嫉妬に苦しまなくなる距離感の取り方


嫉妬できる人ってね、"諦めてない人"なんだよ。



元来自由主義で、ヒデアキとの後半はいわゆる自由恋愛主義(パートナーを一人に縛らず自由に恋愛やセックスをする)で来たけれど、その後真逆に振り切って、結果、嫉妬しいな相手とばかり恋愛をすることとなった。

結局のところ、やっぱり、私から嫉妬心が擡げることはあまりない。だから心の底から共感することはできないけれど、そんな恋愛をいくつも重ね合わせていくうちに、「嫉妬心(そして嫉妬しがちなパートナー)との上手な距離感の取り方」が少しずつ見えてきたように思う。




今現在、一緒に住んでいる女の子と、そして遠方に住んでいる子と、二人に心が揺れる状況な訳だけれど、どちらも嫉妬しいのタイプだから初期は大変だった。どんなに心を尽くしても時間をなるべく傾けてみても、体は一つしかないのだから、片方しか立たない状況になればもう片方が妬いてしまう図式に些か疲れもなくはなかったのだけれど、それがゆっくりと変わっていったのが面白かった。


あなたが何を考えているか分からない


同居している方の子が、ある日手紙を書いて書いて置いておいてくれた。「(みのりが)何を考えているかわからないのが不安だし、なんだか気まずい。だからね、先に自分の思いと考えを打ち明けるね」この書き方は素直にすごいなぁと思った。そして綴られていたのは、「こうしてくれるのが一番嬉しいと思うし、これは負担じゃないし、だからこういう距離感が心地いいんだ」ということ。

そこに愛情があるかないかも大事ではあるけれど、時にそれ以上に、「愛情表現」の方が大事だったりする。どれだけお互いを思い合っていても、真逆の表現を選べば関係は瓦解していく。恋愛は、相手の表現を理解して受け入れていく物語だ。 そういう意味で、芸術的だなと思う。


文字列で思い出したけれど、岡本敏子『恋愛芸術家』という本が好きだ。あの二人は、それを理解しあって、マジョリティではない距離感で、二人の間を紡いでいったんだと思う。


今でこそノンセクとかアセクとか、それこそ自由恋愛やポリアモリーやそんな「距離感」を表す言葉がいくつも出てきたけれど、そしてマンツーマンの恋愛や異性愛もそのカテゴリの一つに過ぎないという認識が少しずつ浸透していっているけれど、ぶっちゃけ全てが違った距離感なのだから、名前なんてつけられない。心地いい距離が1.23mの人がいれば54.6cmの人もいるわけで、その全ての数字に名前を与えようとしているのだから、馬鹿馬鹿しいというヤツだ。

同居している子に対してだって、彼女という言葉は全然違うし、パートナーもしっくり来ないし、けれど友達でもないし。私がふにゃっと出来て、ご飯を一緒に食べるのがすごく楽しくて、ベッドの上では時にマスターで、深く包んでくれるけれど時にイラつくほど子どもで…なんて連ねて行けども終わりがない。"そういう距離感"で、一緒にいるというだけ。強いていうなら、友人の言葉を借りるなら、「すごく大切な他人」なんだろうと思う。


大事にしてくれている、という実感


嫉妬の話に戻るけれど、その互いの表現を理解していく中で、「どうされれば自分は大事にされているか」もちゃんと伝えなければならない。ある人は構ってくれること、たくさん気にかけてくれることなのかもしれないけれど、私にとっては放って置いてくれること、自由にさせてくれることでもある。


遠方の子が「本来なら嫉妬に狂ってるはずなのにいい状態でいれているのは、ちゃんと愛されてる、大事にされてるってお前が思わせてくれるからなんやろな」と呟いた。まだまだ理解出来ていないところはたくさんあるけれど、少しずついい距離感になってきているのかなと思う。そしてその距離感なんて日々変わってゆくものだし、二人とも気分屋だから、そこを確認し続けることは怠っちゃダメだなと思う。


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愛して欲しい、大事にされたい。それは少なからず誰しもが持っている願望 思うけれど、「じゃあ具体的には?」を答えられないと、距離感がうまくゆかない。結果、思い合っていても、反りが合わないと感じてしまう。


付き合い始めた当初、不安がる相手に「私にとってセックスは恋愛においてすごく大切で、だからこう言ってしまうとアレだけど、セックスさえしてくれていたら、ああ私愛されてるなって思うし、私だから大事にされているんだって思える」と言ったのを思い出す。自分でも極論だったなとは思うのだけれど、それを聞いて彼女はすごく安心したらしい。わかりやすい指標だったから、「そこだけは一番大事にしよう」と決めてくれたのだそうだ。


相手が何を考えているのか分からない時、補う想像で不安になる。「具体的にする」というのは、自分が思う以上に、相手を安心させる行為なんだろう。どれだけ思っても根本的には分かり合えない他人だからこそ、愛とか大事にするとかそんなふわっとした言葉で終わらせないで、行動ベースで伝えることが、結果として愛したり大事にしたりすることになると思うのだ。



そして冒頭に戻るけれど、嫉妬があるということはまだ適切な距離感でないというサインなのであって、そしてそれをもっといい距離にしていきたいと諦めていない証だ。だから、嫉妬心が擡げたなら、「何を具体的にどうしたいのか」にフォーカスしてみるといい。もちろんそれが現実になるかは状況や相手によるけれど、それを伝えること自体が、相手を大事にする、愛するということなのだから。



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自分の価値を自分で決めるには、具体的にどうしたらいいのかという話。


私は、私という人間と残りの人生に、どのくらい期待してるんだろう。


やはり最近のテーマは「期待」だ。自分の足で歩んできたつもりで、気付いたら方向がずれていることは多々ある。それはそれでいいんだ。立ち止まるたびに、自分の気持ちを確認する。10年前と同じことでまた悩んだっていいんだ。「友達と喧嘩しちゃった」だなんてきっと死ぬまでぶつかることなのだろうし。

それを"クリア"したつもりで、立ち止まりもせずに誤魔化したまま進んでいる方がダサい。そもそも"課題をクリアする"というのがダサい。同じ課題だって、立っている場所が違えばその意味は全く違うものになるのだから。いいじゃないか、何度同じ問題を解いたって。本当に解きたくなかったら、ぶつかってすらいないと思う。


どうしようもなくなったら、這いつくばってみたらいい。



長野に行って、山遊びをしてきた。川は死ぬほど冷たくて、渡った先は死ぬほど急勾配の土に木々が刺さってはその岩肌と土砂を大きく支えていた。


「あの上の景色が見たい」


登り始めたけれど、傾斜のせいでロクに歩けなかった。もう色々かなぐり捨てて、四足歩行でよじ登った。掴んだ岩が割れてゴロゴロと下へ転がっていった。木の根っこに全体重を掛けて移動した。身体中が傷だらけになったし、服はドロドロだ。

何度も「もうここらで妥協していいんじゃない」という大人の私が諭すのだけれど、「あすこまで行ってみたい」という子ども心でどんどん登っていった。たどり着いた先は、一緒に来た人達なんて見えない、まるで私一人しかいない空間だった。何も気にせず横になって、めちゃくちゃに歌った。酷く気持ちよかったのは、「私だけが私にした期待に応えた」からだった。

坂道は上りより下りの方が難しい。「コレどうやって下るんだよ…」と膝と共に笑った。途中何度が「あ、死ぬかも」と思った。その「ヤベェ」感も、ドキドキしながらも心地よかった。時に真逆に振り切った方が早い、ということはあるけれど、この場合はまさにそれだった。別に生きていても、と普段は思うのだけれど、この瞬間だけは、「何クソ」と思って滑り落ちながら木の根元にしがみついた。私が時々ヤバイ方に振り切る(振り切らざるを得ない)のは、多分、こういう構図が自分の中にあるからなんだと思う。


他人の期待はいつだっておまけだ。



という言葉を、いつも人生立ち止まった時に冷静に客観的にそれでいて温かい言葉をくれる齋藤俊介さんが、話してくれた。

今年は、とにかく自分の世界を広げるために、やってみたいことを次から次にアホみたいにやってみる、という決断を促してくれた人だ。回り道を進むことに焦る私の背を押してくれた人だ。


自分の価値を認めてくれる人。自分を必要だと言ってくれる場所。もちろん生きていく上でそれは大抵の人にとって必要だ。けれど、それを先に選んでしまうと、段々磨耗していく。自分の期待が知らぬまに他人の期待にすり替わっていることに気付かないまま進んでしまう。自分から溢れたものではないから、エネルギーが枯渇してゆく。


自分の幸せの基準は、自分にしか分からない。自分の価値も、どれだけ周囲が褒めてくれたって「私なんて」となってしまうことがあるように、自分から定める定規が必要だ。そういう意味で、他人の期待の介在しない世界で、一度生きてみる必要がある。だから私は、今年は好き勝手生きてみようと思う。


新しい自分に、モノを通して出会う。




新しい出会いは、初めましての自分に出逢わせてくれる。けれど、自分だけの期待に集中して生きたい時、時にそれは枷にもなる。


彼女が(正確には彼女という関係性はやめたのだけれど、これはまた別の時に)、「このカップソーサー、めちゃくちゃ惹かれるけど多分使いこなせない」と、とあるお店で零した。真っ白でピカピカで真珠のように輝くそれは、今までみたいに珈琲を飲んだ後半日置いたまま、なんてことをしたら一瞬で汚れてゆくだろうし、研磨剤とかハイターとか使いたくない作りをしていた。


「使いこなせないから買うんだよ」反射的に、そう返していた。昔、シャネルを買ったのを思い出した。あれは間違いなく、使いこなせないから買ったのだ、同じアドバイスの元で。小さすぎて何も入らない、だから何も持たない自分にならざるを得なかった。無駄すぎるからこそ、無駄を愛する自分にならざるを得なかった。


sexrecipe.hatenablog.com

 

彼女は購入を決めた。きっと、机の上は今までより綺麗になるだろう。食器棚はすっきりして、本当に気に入った食器しか置かれなくなるだろう。もしかしたら食器棚ごと変わってしまうかもしれない。


使いこなせないものを買うと、使いこなせる自分になれる。オススメだ。





長野へ行って、初めてたくさんのホタルを見た。あまりに幻想的で、生命的で、ずっとずっとそこに居たいと思った。

初めての釣りをした。時間が一瞬で過ぎていった。釣れなかったけど、プロセスを楽しむ自分にもっとなれるだろうなと思った。

燻製機を買ってみた。せっかくお酒が好きなのだ、もっともっと食べ物に向き合える自分になれるといいなと思う。

オーブンで出来る陶芸セットを買ってみた。自分が幼い頃から陶芸が好きだったことを後から思い出した。高校生の時、進路面談で「…陶芸が好きです」と勇気を出したけれど、親と先生に軽く一蹴された時の気持ちを思い出した。あの時の私が私にかけた期待に、10年以上経ってしまったけれど、応えたいと思った。



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もう一度、自分に問うてみる。

「私は、私に、そしてこの人生に、どのくらい期待してる?」



年内に、海外に住んでみたいな。




P.S.


Special Thanx! ▽

ゲストハウス 街宿MILLE – ベッド&シャワー。素泊まり、セルフサービスをベースにしたお宿です。安価に快適にご利用頂けます。


長野の伊那ではお世話になりました!

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受け取らなくていい愛情も、きっとたくさんあるんだ。


ぶっちゃけると、彼女の愛が、重い。



…ということにここ最近悩んでいた。


整理すると、重いというそのこと自体は全くもって問題ではない。問題なのは、「それに同じだけの愛情を返せていないことに、罪悪感や申し訳なさを感じて苦しくなってしまうこと、自分を責めてしまうこと」だ。自分なりにどうにかしようと試行錯誤していたけれど、どうにもならなくて、最近ただでも少し鬱陶しかった彼女からのスキンシップを大分鬱陶しいと感じて乱暴に跳ね除けてしまって、「これはヤバい」と思って公認の浮気相手に相談した。私と彼女二人をこの世界で一番よく知っているのは、その子を置いて他にいない。こういう時、「オープンに浮気しててよかった…」と心底思う。一人で抱えなくて済む。一人で重たいものを抱え続けられる程の裁量がないのは、自分が一番よくわかっている。






『人を無理に好きになろうとすると、結果的に嫌いになってしまうから、まずはそこをお前がやめなあかん』


間違いない指摘を、まっすぐにされた。貰ったものは返さないと、とどうしても何処かで思ってしまうし、嫌悪や文句は無視できても、愛情や好意は無視出来ない。「ここまでしてくれてるんだから」と譲歩する癖は、まだどうやら抜けていないらしい。だって、どこか自分が悪者のようで。薄情者のように思えて。日々100の愛情に、30しか返せていないから、70の負債を毎日背負っているような気分になっていた訳だ。


前回の記事のように、勝手に期待されていると思ってしまう。それに応えなくては申し訳ない気になってしまう。


彼女 「もっとハグしてほしい」
私 「無理、スキンシップ得意じゃない」
彼女 「もっと好きって言ってほしい」
私 「あんまり言いたくない」
彼女 「もっと構ってほしい」
私 「構ってっていう心情が理解できない」


単に愛情表現の違いなのだけれど、こうも拒否り続けてしまうとやはり罪悪感が拭えない。し、私も私で自分のスタイルを曲げられない。嫌なものは嫌なのだ、相手が喜んでくれると分かってはいても、出来ないのだ。


 (ヒデアキの影響もデカいかもしれない)



好きになろうとするのを、やめてみろ。その為に、一旦距離を置け。それがその子からの助言だったし、まぁそうなるよなと納得した。けれど、一つ屋根の下で暮らしているのに、いきなり今日から距離を取りましょう、というのは難しい。…と私が勝手に思っていただけだ。


過去の恋愛を改めて振り返った。長く続いたのはヒデアキだけだ。他の恋と圧倒的に違ったのは、「友達でいた時間が何年もあって、シェアハウスに住んで互いのライフスタイルも何もかも分かった上で付き合った」と言うこと。つまるところ、一気に距離を詰められると私がパンクしてしまうらしい。どんどん距離が縮まっていく楽しさが恋愛の醍醐味でもあるのだけれど、ある日を境に苦痛になってきてしまう私は、どうやら「友達である期間を長く持つこと」をやるべきだと思った。





この記事もなかなか面白かった。さらに浮気相手の一言が私の背を押した。「私さ、お前のこと(勝手に脳内で)結婚した友達やと思ってるから」。結婚した友達。付き合ってる友達。セフレとかソフレとかハフレとかオフレ色々あるけれど、要はそのくらいの距離感がいいのだ。私は私、あなたはあなたで居られる距離は、人それぞれ違う。





そして今朝、彼女は彼女で私に負担を掛けていることを悪く思っていたらしく、お互い思うところを吐露し合って、結果、「よく考えたらうちら友達になってまだ一年も経ってないから、まずはそこを深めていこう」と言う話にまとまった。とはいえ彼女のスキンシップ欲求は微塵も変わらないので、そこは「気分が乗るときは応えるけどそれ以外は拒否るから、その時の妥協案はマッサージとする」となって、今日は足揉みを5回ほどされた一日だった。間違いなく、winwinだ。


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(作ってくれたココアパウンドケーキが美味だった…)



ちなみに彼女曰く、私を猫か何かと思っているらしい。見ているだけで和むし、楽しいし、撫でさせてもらえたら幸せだし、ツンとしているのもそれはそれで萌える。ご飯を食べさせてる時とか最の高。なんつー性癖をしているんだと改めて思ったけれど、そこに嘘はなさそうなので、バリネコは潔く猫らしく生きてゆこうと思います。



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「愛される」と「期待」の関係の話。


「こういう期待をされているんだろうな」と無意識に思っている物事は少なくない。

例えば、早く返事返せよって思われているんだろうな、とか。
例えば、もっと好きって言って欲しいんだろうな、とか。
例えば、仕事の効率悪いと思われてるんだろうな、とか。
例えば、敬語使えよって思われてるんだろうな、とか。

それが事実にせよそうでないにせよ、そう描いてしまった時点でプレッシャーだ。そして、顔を覗き込まなくたって、色はなんとなく察せてしまうのが人間だ。生きている時間が長いほどに、その精度はきっと上がってゆく、判断材料になるサンプルデータが多いからだ。そうして気付けば、反射的に生きてしまっている自分がいる。





期待に(私なりに)応え続けてきた人生だったと思う。何かを自分から決定した時だって、ずっと周囲の顔色を伺ったり、きっとこれを選ぶことが正解なんだろうなとか、これを選んだら喜んでくれるのだろうなという基準があった。判断を下すタイミングだってそうだ。今切り出したら怒られるだろうとか、早く決めないといけないという無言の圧力とか。





三つ子の魂百までというけれど、長年染み付いたものはそう簡単には拭えない。どれだけ描いた方へ舵を切り直したって、アンバランスな体勢を立て直したって、体どころか心に染み付いたものはなかなか治らない。治ったように見えて、もっと無意識下に潜り込んでいたりするから厄介だ。


そして最近になってやっと気が付いた。もしかしたら、これが私の鬱の原因だったんじゃないかとも思っている。「自分を生きる」という方向へ羅針を立てて、それが本能的に欲するものだと気付いても、肝心の中身が伴わない。分かってはいても、具体的なものが見つからない。それを散々してきたつもりで、それもまた掘り下げれば誰かの期待だったという玉ねぎみたいな現象。そして尚且つ、染み付いた癖で結果、「自分が選んでいると思っているのに延々と誰かの期待に走らされ続けて、エンジンを蒸し続けるだけ」になっている。







冒頭に述べた、目に見えないものも数えるならば、きっとそこらじゅうをぐるりと「期待」というものが取り囲んでいる。イライラをぶつけられるとか。拗ねられるとか。嫌な空気を出されるとか。催促されるとか。それらを跳ね除けるだけの自己愛が必要だけれど、それを育むにはそれらに応えずに淡々と自分のために歩んできたという軌跡が結構必要になってくるというパラドックス




そしてそういう類の期待は、本当の意味での「どうなっても構わないから、お前のやりたいようにやってご覧。どんな結果でもお前を受け入れるから、自由に生きろ」という "期(を)待(つ)" ではなく、大抵は自分の機嫌取りを他人に丸投げした結果だ。手っ取り早く他人をコントロールしたいだけだ。

  

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私は、そういう人と居たくはないし、そういう人間ではありたくない。してしまうことのある自分への自戒も兼ねて。だから。



と夜中に心の中で大きく叫んで、寝ようと思う。




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